60人が本棚に入れています
本棚に追加
第四話
夜も遅く、おまけに雨も降り出してきたということでつかさ達はこの日、自宅には帰らずそのまま事務所に泊まり込むことにした。
予めそういった事を想定していたので主に接客用の事務所の奥には仮眠用のベッドが置いてある部屋があった。
しかし三人が同時に泊まるということも無い事だったので、置いてあるベッドは一つだけであった。
所長の吾郎にその部屋を譲り、つかさと要は事務所のソファで夜を明かすこととなった。
幸い、夏も近いこの季節には風邪をひくという心配もなく、午前一時に事務所の電気は消される。
「なあ…つかさ…?」
テーブルを挟んで向かい合ったソファから要の声が聞こえる。音も無い事務所の中ではその声はよく響いた。
「んー?」
「なんで…あの男は殺されたんやろな」
「……」
普通の人間ならば当然の考えかもしれない。一体どんな理由があってあの男は秋葉原で命を奪われることになったのか。
想像の範囲ではあったが、もし本当にあの男がホストであったとしたら、確かに職業柄何かしらの理由で恨まれることもあったかもしれない。
しかし、それでもあの殺され片は常軌を逸していた。
「…誰かしら、恨まれる理由はあるって事なんじゃないのか」
考えた結果、つかさが口にした言葉に対しての返事はなかった。
眉をひそめて闇の中視線を向けると、要から小さな寝息が聞こえる。
「ガキ…」
そう言ったつかさの口元は僅かに笑っていた。
コツン…
静寂の中に聞こえた物音に、つかさは身を起こした。
みしりと小さな音を立てながらも音が聞こえた事務所の扉にじっと視線を向ける。
真夜中の訪問者だとしたら大した無礼者だ。時間はとうに二時を過ぎている。
職業としてはこんな時間の訪問も確かにおかしくはないのだろうが、当然そんな時間にやってくる者などはまともな用件では無いと相場が決まっている。
「あっ…夜分にどうもすみません…」
男の口調はどこと無くおどおどしていて、吾郎よりも低かったが、温かみのある声だった。
つかさに合わせたのか、その男も若干声のトーンを落としていた。
「いえ…で、どちら様?」
「すいませんあのっ…自分、あの…」
背広の両ポケットや胸ポケットを探りながら男がつかさへと近付いてくる。
突然ぐいと腕を引っ張られたかと思うと、つかさの後ろにはいつの間にか吾郎が立っていて、つかさを奥に下げる代わりに自らがその男の前へと立った。
「あ、あった。」
ようやく捜し物が見つかったのか、その男は縦長の手帳を見せてきた。
「夜分にどうもすみません。自分は警視庁捜査一課の藤堂と申します。」
どうやら男が見せようとしていたのは警察手帳だったようだ。
最初のコメントを投稿しよう!