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第五話
「遅くまでお勤めご苦労様です。取り敢えず場所を変えましょうか。寝ている子を起こすのも悪いし。」
「吾郎、要に甘い…」
「ちーも相当要には甘いと思うけどね。はい、妬かない妬かない。」
ぽつりと言ったつかさの不服を宥めるように頭を撫でると、吾郎は藤堂のほうへ歳線を向けた。
つかさよりは高いが、吾郎よりは身長が低い藤堂は吾郎を見上げるように見ながらぽかんと口を開けていた。
警察というのが本当ならば藤堂は隙だらけのような気がした。
年齢は定かでは無かったか、これもまたつかさより年上で吾郎より年下なのは間違いがないだろう。
警察という職業にはあまりにも似合わない茶色い髪に細い体のラインも、どちらかといえば警察よりはモデルやタレントのほうが合うのではないかと思えるほどだった。
「ああ、申し遅れまして。私はここの所長で時留と言います。今日の一件でこいつに話を聞きに来たんでしょう?」
どこと無く吾郎に気押しされているような藤堂だったが、吾郎に話を振られるとハッとして顔を上げた。
「あっ、はい…そうですよね。すみません考え無しで…」
へらっと笑う藤堂の顔を見て、つかさは小さな溜息を吐いた。
天然な人間とはどうもつかさの波長としては合わないらしい。
吾郎の提案で場所を移した先は事務所から歩いて二十分程度のすかいらーくだった。
二十四時間営業とは言っても深夜二時を過ぎたとなると店員も中年の女性か男性のみとなり、そんな真夜中にやってきたつかさら三人が店員に奇異の目で見られたのはごく当たり前のことだった。
「亡くなった男性についてなんですが、調べた結果によりますと新宿のホストクラブで働いている笠井篤郎という男でした。」
男の名前が出た瞬間、つかさの脳裏に昼間の光景が思い起こされる。
現状維持という言葉の為、伏せることも出来なかった笠井の虚ろな眼がつかさへと向けられる。
「ちぃ…」
そう名前を呼ばれたかと思うと、ふいに肩を引き寄せられ、吾郎に頭を撫でられた。
子供扱いをされることが好きではないつかさだったが、吾郎に対してだけはは別だった。
つかさにとって吾郎は兄所か父親のような存在で、側にいるだけで安心が出来る。
成人を越えたとはいっても、昼間の太陽の元買い物へ行き、事件に出くわし、人の死を間近で捉えて疲れない方がおかしいのだ。ある意味要の反応は一番正直とも言える。
「明日も学校?」
「うん…」
「あ、あのですね…」
二人きりの空気に割り込むことを恐縮しながらも藤堂が声を上げる。
目の前にいるのは確かに男二人なのだが、寄り添っている姿を見るとそれはまるで恋人同士のようで、自分など全く気にも留められていないように思えた。
「あぁ…これはまた失礼しました。刑事さんも夜遅くまでお疲れですよね。」
「ホントですよもう…上からはこんな猟奇的な殺人事件のホシを早く上げろってせっつかれるし…」
「それは本当にお気の毒ですね。刑事さんまだお若いんでしょう?」
探偵根性丸出しの吾郎の誘導尋問が始まったのを良いことに、つかさは吾郎の肩を借りて浅い眠りについていった。
心の中ではこんな簡単な誘導尋問に引っ掛かっては警察失格だろうと思ってはいたが、今のつかさにはそれを口にする体力は残されてはいなかった。
薄れ行く意識の中、ただ一人事務所に残して来てしまった要が気になって仕方がなかった。
「…それで、これは目撃者からの情報なのですが、笠井が死亡したのとほぼ同時刻に血塗れウサギを見たという証言がありまして…」
その言葉を聞いた瞬間に、つかさの意識は覚醒した。
「ちょっと…待った。今何て言いました…?」
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