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第六話
『血塗れウサギ』
つかさにとっては良く聞き覚えた名前だった。
外見はとてもかわいらしく、身長は150cm程。
黒くて長く伸びた髪を高い位置で二つに結び、その辺りからウサギの名称はきていると思われる。
服装は一般的に言われるゴスロリで、大きなフリルの着いた白いワンピースに赤チェックのジャンパースカートをはいているのが定番のスタイルだった。
その少女は主に秋葉原に出没し、ただ現れるだけならば大して問題にはならないものだった。
事の起こりは一年前。
万世橋警察署の警官にその少女は声をかけられた。
それは少女とは何の関係もない一般市民からの通報で、その日に限り少女が持っていた似合わないスーパーのビニル袋の中を警察が改めてみると、その袋の中には切断された男の生首が入っていた。
少女本人が気付いていたかは分からないが、少女が警官に声をかけられた時、少女の顔や手はその男のものと思われる血で赤く染まっていたのだった。
少女は男の生首の入ったビニル袋をぶら下げたまま、秋葉原駅周辺を歌いながら歩き回っていたというのが目撃者の証言だった。
その後警察でどのようなやりとりがあったのかは知らないが、少女の件は表沙汰にされる事はなく、また逮捕やら補導をされもせずに少女はそのまま秋葉原から姿を消した。
その件以来少女に付けられた通称が『血塗れウサギ』だったのだ。
血塗れウサギが事件当日の秋葉原にいた、という事実はつかさの脳を覚醒させるには十分過ぎるほどの情報であった。
「その…血塗れウサギが今回の事に関わっていると…?」
「そういう事ではないんですが…彼女の名前はもう秋葉原では有名になってしまっていますので、警察としてもその件は無視を出来なくて…」
歯切れの悪い回答にはつかさも流石のつかさもいらつきを隠せなかった。
喫煙席にいたのを良いことに、無遠慮にポケットから煙草を取り出して火を付ける。
つかさのあまりにも堂々とした態度に藤堂はぽかんと口を開けながら吾郎へと視線を向けた。
吾郎も敢えてつかさを窘めるような事はしなかった。何故なら吾郎もつかさに負けず劣らずかなりのヘビースモーカーであったからだ。
「刑事さん、もう時間も遅いことですし、良ければこの子だけでも先に帰らせてやって頂いても宜しいでしょうか?」
「あっ…すいません、明日の事も考えずにこんな遅くまでお引き止めしてしまって…」
「遅くっていうかもう朝になりそうですけどね。」
眠い時、又は寝起きが非常に悪いつかさは普段ならば言わない言葉をこういう時に限って言う。
自分自身が眠いというのもあったが、今はそれに加えて要の事が気になって仕方なかった。
「ちーちゃん、どっちに帰るの?」
「事務所…要いるから」
「ああ、そうだね。」
吾郎はこの後もまだ藤堂と話をするつもりらしく、一足先につかさは事務所へと戻ることにした。
店を後にした時間は既に明け方の四時。
もう数十分もすれば空も白んでくる事だろう。
心なしか、つかさの足取りは速くなっていった。
音を立てずに事務所の扉を開け、そっと中を覗き混む。
普段ならば歩いて二十分はかかる道のりを十五分で戻って来たつかさの目はもうすっかりと冴えていた。
まだ薄暗い事務所の中に人影を見付けてつかさはギクリとする。
「か、要…?」
出る前までは確かに寝ていたはずの要がソファの上で膝を抱えている。
視線を要から逸らさず、後ろ手に扉を閉めるとつかさは一歩ずつゆっくりと要に近付く。
「かな…」
「どこ行ってたん?」
つかさが呼び掛けるより早く、要の質問が遮る。
「刑事が来たから…吾郎とファミレスに行ってきたんだよ」
そう言いながら、要の正面へと回り込む。
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