60人が本棚に入れています
本棚に追加
第八話
一日前と同じ場所、つかさは再び秋葉原に来ていた。
目的は会いたい人がいるからだった。
中央口から東西連絡通路を通って電気街口へと出る。
中央口とは外観が全く事なり、電気街口はまさにオタクの街そのものだった。
隠しもせずにアニメキャラクターのグッズを持ち歩く特定人種。
ふいに吐き気が込み上げて来たつかさはその場に立ち止まり、嘔吐感が過ぎ去っていくのを黙って待っていた。
一体何度、ここを爆破したら世の為になると考えたことだろうか。
ジリジリと容赦無く照り付ける太陽がつかさの黒いシャツに熱を伝える。
用がなければこんな所一秒だっていたくない。
この街を歩く人間は皆同じ顔をしている。
渋谷なら渋谷。新宿なら新宿。その場に集まる人間は同じような顔をしているものだった。
流れる人波をただ見つめていたつかさの目に『異物』が飛び込んで来た。
およそ秋葉原には似つかわしくない、そんな雰囲気がつかさの目を止めたのだった。
「姉、さんっ…」
言うと同時につかさは走り出していた。その異物のいる方向へ。
人波を掻き分け、何度も相手の名前を呼ぶ。
勿論、『姉さん』と呼んではいるがつかさとの血の繋がりは一切無い。
小さな肩をつかさが掴むと、相手は驚いたように目を丸くしてつかさに視線を向けた。
「つかさ…くん?」
「お久しぶりです、姉さん…」
その相手こそが、『血塗れウサギ』と呼ばれる人物だった。
悪魔の羽根が付いた黒い鞄を背負い、元々の身長はそこまで高くない方なのだが、10cm近い厚底の靴を履いていたため、つかさとの視線は近付いていた。
フリルの付いたミニスカートから赤と黒のボーダーニーハイソックスまでの絶対領域が白く細かった。
腰まではある長い髪を耳より上の位置で二つに結い、その先端は軽くカールがかっていた。
二人は場所を移し、中央口付近のマクドナルドへと入ることにした。
それは一日前につかさと要が笠井の事件を目撃したのと同じ店だった。
つかさが選んだのは意図的だったのか、選んだ席も昨日と同じ場所だった。
天候は昨日に引き続き快晴で、事件現場も高い位置から見下ろすことが出来た。
ただ一つだけ昨日と違うのは、人気はいつもより少なく、笠井が倒れたのと同じ位置には地面にテープが貼られ、青い服や私服の警官らによって規制が引かれていた。
その光景を見下ろすようにつかさの隣に座ったその少女は、視界に入る尋常ではない光景に何も思わないのか、無言で注文をしたフルーリーを食べていた。
一方のつかさは二日連続の暑さで疲れてしまったのか、飲み物以外は頼まず煙草を口にくわえながら窓の下の光景に視線を向けていた。
私服警官の中に藤堂に似た顔があった。
昨日の状態から考えると一睡もしていないのだろう。
つかさも一時期は警察官になりたいと考えたこともあったが、こういった不眠不休の状態を目の当たりにするとその道を選ばなくて良かったと思ってしまう。
「ねぇ~、つかさくぅん?」
ふいに甘えた声で呼ばれ、つかさは少女の方を振り返った。
外見は明らかに幼い少女なのだが、明らかに少女のほうがつかさより年上であった。
実際つかさがこの日再び秋葉原に来たのは人に会う約束があったからで、この少女とも長話をする琴は出来ない。
ただ久々に再会をした旧友と親交を温める為に席を設けたのだった。
「ホントに久し振りですよね、半年くらいかな?」
「え、何がですか?」
「半年くらい会ってなかったじゃないですかぁ~」
久々に聞いたとしても、こういう甘えきった口調というものがつかさはあまり好きではなかった。
お互い携帯のアドレスは知っているはずだが、滅多に連絡を取るような間柄でも無かった。
「あのですね、姉さん。」
携帯電話で時刻を確認すると午後二時。
本命の待ち合わせ相手との時刻が迫っていた。
遅れたからといってとやかく言うような相手ではないが、時間にルーズな人間そのものがつかさは好きではなかった。
「なんですかあ?」
「昨日、秋葉原に来ていませんでしたか?」
「えっ…?」
少女の表情が凍り付いた。
答えはなくてもそれは肯定と同じだった。
ゆっくりと手を挙げると、窓から見えるロータリーの警察官達を指差した。
「あそこで昨日、人が死んだんですよ。」
「それは分かるんですけど…」
「姉さん昨日、ここに来ていたんですよね?」
「…どうして知ってるんですか?」
「警察が来たんですよ、俺のところに。」
少女は眉間に皺を寄せ、つかさを見る。
つかさは一瞬足りとも気を抜かず、少女へと視線を返す。
重い沈黙が二人の間にあった。
ピルルッ…
沈黙を破ったのはつかさの携帯電話だった。
どれだけの時間二人は黙ったまま向かい合っていたのだろうか。
それはつかさが実際思っていたよりは長い時間だったのかもしれない。
空しい電子音が告げるメール着信に、つかさは携帯電話を開く。
つかさの予想通り、着信の相手はこの後の待ち合わせ相手で、約束の二時半を過ぎてもつかさからの連絡が一向に無かったので催促をされたのだった。
学生である自分とは違い、バイトといえども仕事のある相手をこれ以上待たせる訳にもいかない。
送られて来たメールに目を通すと、つかさは溜息を吐いてその携帯をズボンのポケットへとしまい込む。
そしてそれから、席を立ち上がるとゆっくりと少女へと視線を向けた。
「残念ですけど姉さん、俺これから約束があるんで。」
「待って…つかさくん!」
少女もつかさを呼び止めるかのように立ち上がった。
つかさにとって、聞いたことに答えなかったのは少女のほうで、自分のほうでも次の予定が差し迫っているにも関わらず、今ここで呼び止められるのは理不尽でしか無かった。
空いていた隣の席に置いてあった鞄を肩にかけながらちらりと視線を向ける。
「…何でしょう」
そう聞きながらもつかさの足は既にフロアを下りる階段へと向かい始めていた。
「つかさくんはっ…あたしの事疑ってるんですかっ…!?」
少女の言葉につかさは足を止める。
振り返りはしないまま、背中に言葉を受けていたつかさであったが、その言葉には視線を返した。
「全然。」
その一言だけを告げると、つかさは階段を階下へとおりていった。
最初のコメントを投稿しよう!