第九話

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第九話

店を出たつかさは再び電気街口へと足を進めていた。 先程と同じ東西連絡通路を使わずに、線路下の道を回ったのは単純に景色に変化が欲しかったからだ。 つくばエクスプレスが出来たのと時を同じくして作られた遊歩道の辺りまで近付くと、つかさと同じく秋葉原には似合わない黒スーツを身に纏った男がいた。 つかさが近付くと同時にその男はつかさに気付き、寄り掛かっていた柱から身を起こすと大勢を整える。 「悪い、遅くなった。」 「お前が遅れるなんて珍しいな。」 その相手は名前をアサミという。しかしそれは本名ではなく仕事の上で使用している源氏名である。 「まぁ…ちょっと。取り敢えずどっか入るか。あそこのカフェでいいか?」 「構わないよ。」 「あ、そうだアサミ。」 「ん?」 「久し振り」 「そうだな。」 つかさとアサミ。この二人は高校の同級生であった。 電気街口側のカフェに視線を向けるも、つかさは一瞬難色を示した。 何故なら、最近どこのカフェも禁煙になっている事が多かったからだ。 つかさ同様、かなりのヘビースモーカーであるアサミにとってもそれは有り難くない事だった。 秋葉原といえばメイド喫茶が有名な店に入っているが、何よりそういったところに興味がなく入ったこともないつかさは、そこが喫煙可であるかも分からないし、そんなところで話をするためにアサミを呼び出したわけではない。 カフェの入口を見てみると、案の定自動ドアーの前の看板に示されていた『禁煙』の文字に二人は顔を見合わせた。 マクドナルドならば喫煙の出来る場は多いのだが、昨日一回、今日一回行った後では再度マクドナルドに入る気も無かった。 「煙草…どうする?」 「いや、俺吸うし。」 「だよな、じゃあ戻る形になるけど向こう行こう。」 そう言ってつかさが指し示したのは、たった今つかさが来たばかりの方向だった。 二人が並んで歩くと、アサミの方が若干身長が高い。 つかさにとっては普段行動を共にしている要が自分より低い為、今のように隣を身長が高い人間が歩くのは吾郎以外には殆ど無い事だった。 線路下をくぐると気温は少しだけ下がり、太陽の下よりは過ごしやすかった。 つかさが迷う事なく向かったのは、事件現場とは逆方向にある小さなカフェで、前にこの場に来た事のあるつかさは、その店が喫煙席と禁煙席が分かれて存在していることを知っていた。 入ってすぐのカウンターで飲み物を注文してから、二人は空いている店内の喫煙席を選んで座る。 ようやく落ち着いて話の出来る場に到着したとき、つかさには少しばかりの疲労が溜まっていた。 体の疲れから普段より多量の糖分を欲したつかさは、店員が運んで来たコーヒーの中にスティックシュガーを五本入れる。 普通の人から見れば、それだけ砂糖を入れてしまえばもう砂糖の味しかしないだろうと思えそうなものだが、つかさはこうでもしないと苦くて飲めないのだ。 事務所で要が入れたコーヒーならいざ知らず、こういった店で注文したコーヒーならば尚更苦く感じられるものだった。 「つかささぁ…いつも思うけどまずそうだよな、そのコーヒー」 「…は?」 「砂糖入れすぎ。」 アサミは今まで何度つかさがコーヒーを飲む光景に居合わせただろうか。 その度につかさの入れる常軌を逸した量の砂糖には付き合いの長いアサミですら辟易する程であった。 「で、なんだったっけ、昨日メールくれた件。」 長い足を優雅に組みながら、アサミはブラックのままのコーヒーを口へと運ぶ。 アサミがコーヒーに砂糖を一切入れないのを知っているつかさではあったが、砂糖の入っていないコーヒーなどつかさにとっては『舌が馬鹿になりそうな味』という認識であった。 「昨日ここで男が殺された件だったよな、俺も昨日客から聞いたけど。」 「そう、新宿って言ってたから多分歌舞伎町の辺りじゃないかと思ってさ。それならお前なら何か知ってるんじゃないかと思って。」 「笠井、笠井…だろ…」 アサミも笠井と同様、夜の新宿で働くホストだった。 その為、黒スーツの中身は薄紫色のワイシャツとピンクのネクタイという見るからに職業が分かる服装だった。 腕を組み、懸命に思い当たる節を考えているアサミをよそ目に、つかさはカップの中のコーヒーを口に運んだ。 薄暗い店内から外の景色を眺めると、照り付ける日差しが眩しく、サングラス越しにつかさは目を細めた。 気付けば費えかけた煙草の熱さが指に伝わり、何度か灰皿の縁に当てて灰を落とす。 「笠井…下の名前は何だ?」 「篤郎」 「アツロウ!?」 アサミがテーブルに手を付いて立ち上がると、コーヒーの液面が激しく波打った。 「聞いたことあるのか?」 「あるもなにも…歌舞伎町で枕営業のアツロウっつったら同業者からも嫌われてるような奴だぜっ!」 「枕…営業。」 その単語につかさの頬が引き攣った。 枕営業とはホスト業界で自らの指名客を繋ぎ止めておくために一晩を共にすること、とつかさはそう認識しているが実際相違はないだろう。 しかしそれによりホストと客の立場が崩れ、そのホスト相手に本気になってしまう客も少なからずいるらしい。 それ故に枕営業は暗黙の禁止となっていたはずだ。 「…なら、それで恨んでる女もいるんだろうな。」 「確かにいるだろうな。俺は知らねぇけど女って思い込み激しいとこあるから。」 「お前もやってるのか?枕営業。」 「バッ…!やってねぇし出来ねぇよっ!!」 「知ってる。」 つかさがくすりと笑った。解決の糸が見えたからか、旧友との会話に気を良くしたからなのかは分からない。 元からつかさは今のように良く笑う人間だったのだ。 しかし歳月は人を変えるのか、今のつかさにはそのような笑顔は全く見られない。何かを押し殺して生きているような、そんな印象が伺える。 「っつかさ、何でお前がその件気にしてるわけ?」 「あ?俺の職業言ってなかったっけ?」 「学生だろ?」 「それもあるけど、兄さんの探偵事務所手伝ってんだよ。」 「へぇ…って、アレ…?」 つかさの言葉にアサミは何かしらの引っ掛かりを覚えた。 高校在学時代のつかさとの付き合いはそれ程深いものではなかったが、それでもその他大勢よりはつかさの事を知っていると自負していた。 「あれ、ちょっと待てよ、つかさ…」 「だから何だよ。」 「つかさぁああ!!」 店の自動ドアが開くと同時につかさにとって聞き慣れた声が響いた。 思わず手からは煙草が落ち、呆気に取られた顔でつかさはその声の主へと視線を向ける。
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