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第二十二話
「話、変えますけど。つかさの事…その、聖さんに伝えたのはリツさんですか?」
問い掛けに、リツの目の色が変わったのが分かった。
しかしそれを悟られぬようにと即座に視線を要から逆方向の下へと向ける。
「俺やない…」
「そうですか。」
リツの返答には納得し難い箇所がいくらかあったが、きっとこれ以上の事を聞いてもリツは答えはしないだろう。
場が再び静寂に包まれた。
先程の話の中で、要には腑に落ちない点がもう一つあった。
ケイがジンの見舞いに来ていたという事。
それ程接触が多いわけでもない要から見ても、ケイとジンの不仲は明らかだった。
過去同級生であっても、現在は職場のライバル。それでも見舞いに行ったりするものなのだろうか。
それとも、ケイがジンを見舞ったのは別の意図があって…。
要が頭を抱え悩んでいると、ふいにリツが動き出し、スーツのポケットから電話を取り出す。
どうやらそれはリツへの着信のようで、音は聞こえなかったがリツはその携帯を手に取ると、吾郎に頭を下げ、着信を取る。
「どうだ、要。」
「はい…?」
「不明瞭な点、少しは晴れたか?」
正面に座るリツは二人の事を気にしつつも意識は電話口の相手へと向いており、リツに聞こえない程度の小さな声で吾郎は要に聞いた。
「いくつか分かった部分はあるんですけど…人間関係とか、俺らの知らないとこもう一回洗ったほうがいいかもしれません。せやけど…」
「何?」
「つかさの事、告げ口したんはリツさんか、リツさんに関わる誰かやと思います。」
リツは何かを隠している。それは要の中で絶対的な確信があった。
「なん…やって!?ちょ、それホンマなんか間宮!?」
『間宮』
どこかで聞いたことのあった名前だった。
しかし、要はそれが誰の事かすぐには思い出せなかった。
「ケイの事だよ。」
吾郎が小さな声でそう言った。
電話を切った後、リツは深い溜息を吐きながらゆっくりと顔を上げた。
「すんません…俺もう行かなアカンようなりました。」
「店のトラブルか?」
「それもあるんですけど…」
リツの言葉に、要は耳を疑った。
吾郎も即座に立ち上がり、車のキーを持って玄関へと向かう。
慌ただしい足音は一瞬で去って行き、残されたのはただ静かな空間。
リツが吾郎に招かれ、キッチンで始められた会話。
いつまでもそれに気付かないつかさでは無かった。
鍵の音がしてからつかさはゆっくりと扉を開けて顔を覗かせる。
余程慌てていたのか電気は付けたままだった。
そのままキッチンに足を踏み入れると火を付けてすぐに消したと見られる吾郎のラークから煙が出ていた。
シンクでグラスに水を汲み、一口飲むついでにその水を灰皿に注ぎ消化する。
部屋を出て来るついでに持ってきた煙草を一本口に加えながらつかさは部屋の様子を観察した。
嵐のように過ぎ去って行った吾郎・要・リツの三人。
その直前に聞こえたリツの言葉。
夕食もとらずに部屋に篭っていた為意識ははっきりとしていなかったが、その言葉だけは聞き過ごす事は出来なかった。
『タムが殺された。』
だからこそ、三人は一目散に飛び出して行ったのだろう。
タム。
ケイほどではないが、現役時代はタムともそれなりに親しくしていた。
そのタムが死んだという言葉を、つかさは一概には信じたくはなかった。
窓の外へと視線を向けると、自分の部屋から見た光景と変わらず、闇に満ちていた。
いくら親しくしていたとしても、つかさはタムの自宅を知らない。
それどころかタムの自宅に向かえばいいのか、それ以外の場所なのかすらつかさには分かっていなかった。
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