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第二十一話
「これは、いつ?」
「先月の、後半くらいです…」
リツの話によると、毎日店宛ての手紙をチェックする中でこの手紙を発見したらしい。
封筒などは一切無く、四つ折にされたこの紙のみが入っていたことから、この手紙は店のポストへ直接入れられたと考えられる。
「なんでこの時点ですぐに連絡しなかった?」
「やって…!悪戯やと思うやないですか」
特に明確な要求もないこの手紙を見る限りでは、そう思えても仕方がない。
「ただの悪戯やと思たからそのまんまにしてたんすけど…そしたら今度俺の家にも直接同じ内容の手紙がきて…」
そこからの内容は、ケイに聞いたものとほぼ同じものだった。
更に付け加えるのならば、喧嘩をしたのはケイの客とジンの客。精算の前に姿が消えてしまったのはジンの客であると分かった。
「俺やって、昨日初めて聞いたんですよ…シンタがつかさの事呼んでたやなんて…」
初めの緊張はどこへいったのか、気が付いた時にはリツは足を広げ深く溜息を吐いていた。
カチ、カチ…と無言の空間に時計の針の音が響く。
吾郎は何本目かの煙草に火を付けると、その手を要に向けた。
「要、なんか聞きたいことあるか?」
「え、お、俺ですか?」
「一緒にいたお前なら色々見てきてるんだろ」
「まぁ…そうですけど…」
要は言葉を濁した。
あまり気乗りがせずにリツに視線を向けたのは、昨日からリツに完全無視をされているような気がしたからだ。
吾郎が要に話題を振ったところで、リツが要に視線を向ける気配は一切無い。
シンタの話、ケイの話、そしてリツの話を頭の中で整理する中、要の頭に疑問点が思い浮かんだ。
「あの…所長、」
要がその疑問を解消するために選んだのは、吾郎。
「なに?」
「今回これと同じ手紙を貰ったのはトップの5人やって聞いてるんすけど…」
その時、リツの肩がごく僅かに反応したのを要は見逃さなかった。
「この手紙が店に届いた一番最初の件で、リツさんはその事他の誰かに言うたんすかね?」
「どういう意味だ?」
「あ、いや…5人が、っていうか3人が一番仲悪て聞いてるんで、もしかして店にこの手紙が届いた時点では、リツさんは何もせえへんかったのと同じで、誰にもこの手紙が来た事言うてへんかったんやないですかね?」
店への脅迫を呆気なく無視され、次の手段として各個人の家へ同様の手紙を送り付けたというのは理にかなっている。
「どうなんだ、リツ。」
吾郎に名前を呼ばれたリツはびくりと肩を震わせた。
要の疑問を吾郎を通してリツに尋ねるというこの形態は些か面倒でもあった。
当然の事ながら、リツが要に直接返答するという事もないだろう。
「…確かに、店に手紙が来た時には誰にも言うてへんでした。まさか、ここまで大事になるとは思うてへんかったし…」
親友であるジンが指された事でかなりのショックを受けていると見える。
事実、今回のジンの事件が無ければリツは手紙の件を口外しなかっただろう。
(…あれ?)
要はリツの言葉に引っ掛かりを覚えた。
リツは店に届いた手紙を誰にも話していないという。
しかし、要はリツに聞く前から店に届いた手紙の事を知っていた。
―――何故か?
聞いたからだ。
―――では誰に?
(―――あっ…!)
そうだ、シンタだ。
つかさと一緒に初めて会ったファミレスで、シンタが言った。
『脅迫状が来たんや。俺ら5人を辞めさせろ、ってな。』
リツが誰にも話していないというのなら、店に届いた手紙の事を知っているのはリツと手紙を出した張本人のみ。
ならば、手紙はシンタが出したのだろうか。
記憶を辿れば、ケイから聞いたのは個人的に届いた手紙の件だけで、店に届けられた手紙については聞かなかった気がする。
(ケイさんは…手紙が来て、それからどうしたんやっけ…)
口元に手を当て考え込む姿勢をとりながら、要はふと視線をリツへと向ける。
「リツさん。」
初めて要が明確に呼んだ、リツの名前。
呼ばれたリツは、驚きこそしなかったものの、ゆっくりと視線のみを要に向ける。
「ケイさんとジンさんって仲悪いんですか?」
トップ三人の潰し合い。
同級生といえども、この世界で頂点を目指すのならいつまでも仲良しという訳にはいかないだろう。
事実、要はケイ自身の口からそれを聞いていた。
伊達に四年以上吾郎の助手を務めていた訳ではない。
培った洞察力でリツの挙動を見逃さないように、真剣な眼差しを向ける。
要に声を掛けられた事で、初めは驚いて要を凝視していただけのリツだったが、すぐに緊張が解けたのかふっと軽い息を漏らした。
「悪いで。俺らとケイは特にな。」
あっさりと返された言葉に、要は拍子抜けをした。
しかしここまできてそんな事を隠す必要はないと判断をしたのか、要は小さく頷いた。
要の切り札。それは要の頭の中にあった。
「…でも、ジンのお見舞いには来てたみたいやな。」
「え?」
独り言のように聞こえたリツの言葉を要は聞き返した。
リツ自身も口に出して言ったつもりはなかったのだろう。要の言葉に弾かれるように顔を向ける。
「ケイさんが、ジンさんのお見舞いに来てたんですか?」
「あ、いや…その…」
リツの視線は空を泳ぎ、何か隠していることがあるのだと要はすぐに気が付いた。
「リツ。」
吾郎の容赦ない言葉がリツの体を凍り付かせる。
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