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「うわぁ~、小さっ」
愛くるしい我が子を見て思わず頬を緩ました紗綾だったが、ふとあることが気になった。男の子のおててが握りっぱなしだったのだ。ぎゅっと結んだ小さなおててを開けようとする紗綾。
(えっ!? なんなのかしら? なんか持ってる)
ゆっくりと優しく赤ちゃんのおててを開けていく。と、紗綾の目に飛び込んだのは、おはじきぐらいの小さな貝殻。子供の頃、紗綾がミケの首輪につけた綺麗な貝殻だった。
「うそでしょ!」
「紗綾ちゃん、どうしたんや?」
善三がなにごとかと声をかけた。
「貝殻よ」
「ん? 貝殻なんかあらへんけど…」
(そうか、これは私にしか見えてなかったんだ。でも、なんでこの子がミケにあげた貝殻なんて持ってるの? まさか! ミケが私の赤ちゃんになって戻ってきたの!? もしそうなら、2ヶ月後に計画してたハワイでのショッピングやエステやフェラーリやあれこれ欲しい物、したいことが…、それにそのあと、ジョンソンさんの奥様からイタリアとフランスに招待されているのに…もしもこの赤ちゃんがミケの生まれ変わりだったら、なにもかも水の泡で終わってしまう)
そんなことを思っていた時、耳の奥から突如、声が聞こえてきた。
『紗綾、帰ってきたにゃん。これからは、俺の兄妹分の猫娘と一緒に守ってやるからにゃん』
「ミケ!? ミケなのね! でも、いくらなんでも、早過ぎじゃない? それになんで人間に生まれ変われるのよ?」
『知りたいにゃんか?』
ミケの声はみんなには聞こえていない。聞こえてくるのはミャーミャーと猫のような赤ちゃんの泣き声だけ。このとき、赤ん坊に意味不明な言葉を話かけている紗綾を、善三と看護士達、産科医が訝しげな面持ちで見入っている。それでも、おかまいなしで話しを続ける紗綾。
「そりゃ知りたいわよ。なんで?」
『うん、爆発が起こったとき俺の残り命を紗綾と善三さんに分け与えたにゃんだろ。神様が云うには、この機会を逃す手はないって。今日の出産を逃すと、次、この世界に出てこれるのはいつになるかわからないにゃんって、だから、ちょうど紗綾のお腹にややごが入ってるこのタイミングを逃さなかったにゃん。それと、神様にお願いして兄妹分も一緒に連れてきたにゃん。紗綾、これからは2人でおまえを守っていくにゃんよ。もう安心するにゃん! この前みたいな中途半端なボディーガードにはならないにゃんよ』
(えっーー!! 誰も頼んでないし! それじゃ、これからは口うるさい小姑が2人になるってこと! マジで超最悪ぅ~、もうお先真っ暗~~)
そう考えて、先々をすごく悲観した紗綾は天井を見上げ、わんわんと大声をあげて泣き出した。だが、その嫁の姿を見て、もらい泣きした善三はすぐさま紗綾に寄り添った。
「そうか、そうか、よっぽど感極まったんやな。わしもメッチャ嬉しいしんや。ありがとうな、こんな元気な赤ちゃんを2人も産んでくれて。紗綾ちゃん、ほんまありがとうな」
情に満ち溢れた夫婦を目の当たりにした看護士達も胸を熱くした。分娩室が幸せのオーラに包まれている。
だが、その様子と紗綾の心情を隣の控室で感じ取っていたおよねは、「やれやれ、完全に花が開くのは、もうちょっと先になりそうじゃて」と、あきれ返っていた。
完
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