運命の悪戯

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運命の悪戯

 深夜、静まり返ったとあるビルの一室。ドアの表には、【高額当選選別機ラト10開発室 (新・夢見ちゃん1号)】と書かれたプラスチックのプレートが貼られている。  その開発室の中では、一人の技術者と思われる中年男性が、番号が書かれた球をパチンコ台よりも一回りも二回りも大きな機械に入れていた。奥行きもあるその機械は、ビンゴゲームの機械のように十分に攪拌(かくはん)させる仕組みのようだ。従来なら、数字の書かれた玉は発泡スチロールの表面にウレタン塗装が施され、各ボールは直径5センチ、 重さが14グラムという決まりだった。  だが、その技術者である大槻は玉に特殊な電磁波を発するペンキを塗り込み、機械にも何らかの仕掛けを施し試運転をしているようだ。  撹拌されるている玉を見ながら大槻は、マッチ箱ぐらいの大きさのリモコンのボタンを押した。  そうこうするうちに、しばらく高速で撹拌されていた玉が、パレットに落ちてきた。  大槻はその玉を手に取り数字を見ると、ホッと胸を撫でおろし口を開いた。 「ふぅ~これで、どうでしょうか?」 「ふむ。上出来だ。だが、関係する奴等には大方、手をまわしておるが、監査の奴等だけはどうにもならん。奴等は必ずその玉を改めるが、その辺りも大丈夫なのか?」 「はい、ぬかりはありません。なにせ、この玉の表面には電磁波を発する特殊なペンキを塗ってありますので、まずわかることがないかと。見た目も重さも寸分の狂いもありません。それに、玉を詳しく調べられてもこのリモコンの電源をオフにすれば電磁波を(はっ)しなくなる仕組みですのでご安心ください」  本来なら特定の球を意図的に抽出することは不可能だ。 機械は全て透明であり、攪拌、抽出については全ての人に公開されており、ネット中継も行っている。当然ながら、宝くじの当選番号の抽出は厳しい法律に基づいて公正に実施されているのだ。  そしてこの度、新たに販売されるのは日本の宝くじ史上最高の当選金額だった。なんと、すべて10個の数字を的中させれば、50億という超高額当選くじだった。運営側は、広く世に知らせるためにテレビやネット、ラジオ、町のありとあらゆるところの看板を使い大々的に宣伝をしていた。それに加え、日本と国交のある国々でも購入できるシステムをとっていた。この宝くじ、発売する半年前から世間でもかなり話題になっていたようだ。  その当選番号を選出する機械の製作メーカーの技術者である大槻と、初老の男性がビルの一室で悪巧みをしていたのだ。この男性、尾崎は数ヶ月前までは総務省の事務次官だった。現在は定年を迎え、この会社に天下りしているが、この(たくら)みは会社ぐるみでの共同謀議だった。 「よし、あとの九つの番号も出せるか?」  その(のち)、すべて彼らのおもいどおりの数字を抽出することができた。尾崎は、それを見て満足そうにほくそ笑んだ。 ◇ ◇ ◇ ◇  桜の花がこぼれ落ち、百花繚乱、種々の花が咲き乱れている頃。一人の若い女性が無表情で川の中をバシャッバシャッと音を立てて歩いていた。   「ちょっと、あれ! ほらっ、あの人、頭おかしいんじゃないの?」 「ほんと! 一体、なにがしたいんだろ?」  鴨川の河岸に等間隔で座っていたカップル達が下半身びしょ濡れの女性を見て目を見張った。ざわつきだした人達。中にはスマホで撮影しだすものも少なくはなかった。  川の中に入っている彼女の名前は、二条(にじょう)紗綾(さあや)。訳あって、現在は何もかも失い、思考能力も失っていた。いや、もうなにもかもどうでもよくなっていた。そんな彼女。本人も知らず知らずのうちに服を着たまま靴を履いたまま、川の中へと入っていた。もう5月、いまだ川の水は冷たかった。それでも、肌に感ずる温度すらも気にせず、ひたすら鴨川を下って行った。
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