第一話 トワイライトキス

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第一話 トワイライトキス

同じ地球なのに、まるで異世界。 高層ビルの壁面ガラスから一望できる街はトワイライトと表現できる薄紫に染まっている。日本ではなくアメリカ。 映画や海外ドラマでしか見たことのなかった景色は、目の前で現実として広がっていた。 「いつ見てもこの瞬間は、本当にキレイ」 週末の金曜日。 無人の会議室でひとり呟く。 段々と薄暗くなっていく世界を宿すガラス窓に、スーツスタイルの自分が映りこむ。白いシャツに黒いタイトスカート。ストッキングと無難なパンプス。ジャケットは羽織らない。そこまで服装に厳しい会社ではない。そもそも、服装にこだわっていない。 仕事ができれば基本的に自由。いかにもアメリカらしいが、残念ながら持ち合わせている服がこれしかないのだから仕方がない。 「着飾る相手もいないし、ね」 ため息が落ちる。 週末だと言うのに恋人と過ごす予定はない。そもそも恋人とはわかれたばかり。 寂しさはあるけど、不便は感じていないというのが本音なところ。よって、着飾る必要はどこにもない。 ひとつに束ねた黒髪。社交辞令程度の簡単なメイク。スタイルも一般的。いや、27歳にもなれば少し皮下脂肪が気になりつつある。 「まあ、今はそんなことより仕事、仕事」 先ほどまで人がひしめいていたので、乱雑に残っていたペンなどを元の位置に戻し、椅子を大きなテーブルの下にしまうだけ。他の人たちはみな、この会議終了と共に帰っていった。 「あれ、アヤ?」 最後の使用者だと思っていたのに違ったらしい。会議室の扉をあけて、モデルのような美形が顔を覗かせる。 「ハートンさん。すみません、次、使いますか?」 「ひとり?」 「あ、はい。後片付けをしてました。これが終わったら私も帰ります」 「いいよ。ボクたちが使うから、最後はボクたちで片付けておく」 一人称が複数形なことに気付いて、アヤは慌てて片付けていた仕草をやめて顔をあげる。天然金髪超絶美形はこの会社でも有名な営業課のパーフェクト男子だが、その彼の後ろから会議室に入ってきたのは、系統の違うイケメンだったから更に驚く。 類は類を呼ぶというが、韓国人っぽい黒髪の色気魔神と、中東系のエスニックな色気魔神。三者三様の雰囲気で、何気ない出入口の扉さえ眩しく映る。ここに会社の女の子たちが残っていたら、確実に甲高い悲鳴があがっただろう。ただでさえ、ロイ・ハートンという金髪美形ひとりでも「彼女の座」につこうと奮闘する女子群を毎日拝めるというのに。 「アヤ、紹介するよ。笑顔の胡散臭いこいつがスヲン・メイソン。そして、その向こうのガタイが無駄にデカいやつがランドール・ニコライ。通称はランディ」 「その紹介はどうかと思うけど。どうも、スヲン・メイソンです。スヲンって気軽に呼んで」 「あっ、初めまして。アヤ・サイトウです」 「ランディだ、よろしく」 それぞれに握手を求められるまま返す。大きな手。ロイで身長が180を超えると言っていたから、同じくらいのスヲンは元よりランディに至っては190くらいあるかもしれないと思う。 日本人の平均身長を維持するアヤからすれば、三人に見下ろされるとますます小さく見えた。 それは三人もそう感じたのかもしれない。 「思ってたよりも小さいな」 「可愛いから許す」 「え。スヲン、もうモード入ってる?」 あまりにくだけた会話は聞き取りにくい。 そもそも、英語はここに来てある程度喋れるようになっただけで、未だに苦手意識が抜けきらなくてぎこちない。第一、英語をまともに喋れない人間がなぜ、こんなアメリカの大都会にある会社で働いているのか。それは、思い返しても奇想天外としか言いようがない。 「アヤ……アヤ?」 落ちた前髪を耳にかけられて、アヤはロイの顔がキスしそうなほど近くにあることに気付く。 「あっ、ごめんなさい」 「疲れてる?」 「いえ、大丈夫です。それより、ここ。使いますよね?」 「んー、やっぱりひとりで来ればよかったな」 「えっ?」 どういう意味か確認する質問をなぜか声に出せない。ロイの形のいい唇が自分の唇と重なっている。 その事実に気付いたのは、ちゅっと軽いリップ音とともに長い睫毛が顔から離れてからだった。 「アヤはキスするとき、目を開けるタイプ?」 「………っ、ンッ」 一気に顔が熱くなる。 薄紫の夕焼けのせいではないことは明白で、点り始めた眼下の街灯りを消すようにアヤは二度目の口付けを寄越すロイを目を閉じて遮断した。 「っ…んー……ッ」 どうしよう。どうすればいい。 混乱が渦を巻いて正常な判断までに時間がかかる。とりあえずどいてもらおうと、ロイの胸元を強く押しているのに、見た目以上に鍛えられた胸板は厚く、びくりとも動かない。 「…ハートン…さ…ん…」 「アヤ……イヤならイヤって言って」 囁く声が脳を溶かしてくる。 「イヤって言ったらすぐにやめる」 「……で、も…っ…」 「OKなら、ロイって呼んで」 「ろ……ぃ……」 ついばむように触れるキスだったのが、名前を呼んだことで薄く開いた口内に侵入してくる。柔らかくて熱い舌が歯列をなぞり、ぞわぞわと力を奪っていく。 これ以上は無理だと顔をそむけようとして、アヤはロイにその頬を両手で包み込まれた。 「アヤ、可愛い」 「……ッ……」 押しのけようとしていたのに、その囁きひとつで腕の力まで抜けてしまう。 ついには、整えたばかりの椅子を押しのけて会議室の机の上にアヤの身体は倒れこんでいた。 「ロイ。アヤが混乱してる」 クスクスと笑うスヲンの声が聞こえる。 「ほら、いつまで乗ってんだ。彼女がつぶれる」 ふと呼吸が楽になったのはランディにロイが引き上げられたからだろう。 ひどい話だ。酸欠に息を切らせているのはアヤばかりで、ロイはむしろこれからだとでもいうように、余裕の息で恨めしそうな瞳をしている。 「アヤ、無事か?」 同じくランディに腕を引かれて、アヤは身体を起こした。若干、ふらふらする。どこもケガをしていないから「無事」であることは確かだと、無意識にうなずいていた。 「アヤの唇、めちゃくちゃキモチイイ。なんだろう、なんかゾワッてきた」 「相変わらずわかりにくいな、ロイの説明は」 「これは言葉で表すのは難しいって、ランディもやってみればわかる」 「そうか?」 少しだけ困ったように眉を動かした意味を探ろうにも、正解はすぐにわかった。 「アヤ」 まるで恋人の名前を呼ぶような甘さの声でランディの腕が肩を抱く。振り向けばどうなるか。わからない子どもじゃないのに、アヤは求められるままその唇を重ねていた。 「……んっ…ぁ」 おかしい。 いくら相手が初対面だからといって、キスを拒めないのはどうかしている。ロイもそうだが、ランディのキスも優しくて心地いい。経験人数なんて多くはないけど、確実にウマい部類に入るだろうと確信できる。 「アヤ、もっといいか?」 「ふっ…ぇ……ぅ、ん」 小さくうなずいた自分の返答をなかったことにしたい。直後、抱き締められて深く落とされるキスに抵抗の二文字が吸い上げられていった。 「ロイのときも思ったけど、ランディの腕のなかじゃますます小さく見えるな」 「うん。っていうか、ヤバい」 「そんなによかった?」 「たかがキスとか思ってるでしょ?」 「たかがキスだろ?」 じゃあお前も体感してみろと言わんばかりにロイがスヲンに口を尖らせる。 「ランディ、交代……ランディ?」 スヲンの声が聞こえているはずなのに、ランディの唇はアヤから離れようとしない。 「アヤ」 呼ぶ相手を変更したスヲンの声が、ランディの腕の中からアヤを解放した。正確には、貪るように互いの舌を絡ませあっていたせいで何も考えられなくなっていたアヤが呼び掛けに驚いて、ランディから顔を背けたせい。と表現すべきかもしれないが。 それでもキスが止んだことは変わらない。 「いい顔してる。そんなにランディのは気持ちよかった?」 「………っん」 甘えるようにランディの中でぼーっとしたままのアヤにスヲンは顔を寄せながら尋ねる。 どう答えればいいのだろう。 気持ちいいかどうかの二択であれば、イエスを選ぶけれど、この状況を理解できているかと問われればノーと言いたい。 「アヤ、俺にも頂戴」 「ふ……っ……ぁ」 指先でアゴを持ち上げられて軽いキスを落とされる。 ランディに肩を抱かれて逃げられないままアヤはまたスヲンのキスを感じていく。そのうち、アヤはロイが胸をまさぐっていることに気づいた。 「……やっ……ロイ」 「こら。今は俺とのキスに集中しよう?」 「スヲン……ッ…ぁ」 右から肩を抱くランディ、左から胸を触るロイ。前からキスをしてくるスヲン。逃げ場を求めて後方を探る手がそれぞれランディとロイに捕まれて、アヤは苦しそうに息をのむ。 「……っ……あ……ふぁ」 くちゅくちゅとキスの音だけが、アヤを包んでいく。また、脳ミソが溶けそうなほどぼーっとして、身を委ねかけたそのとき、アヤの右手になにか固いものがあたった。 「ッン……な……ヤッ」 男三人相手に女一人。意思とは逆にランディのボクサーパンツらしき布の中に右手が誘導されていく。 何を触らせようとしているのかは理解できても、その大きさは指先が震えるほど凶器に感じてしまう。ようやくこれらの行為の延長線上にあるものを認識して、アヤは首を横にふって拒絶の意思を示した。 「イヤなの、アヤ?」 キスを何度も落としながらスヲンが尋ねてくる。さらさらと流れる黒い髪に黒い瞳。唯一スーツをきちっと着用しているが、気崩さない秘訣でもあるのだろうか。こちらは汗ばむほどの熱を感じているのに、スヲンは爽やかな香りを放ち続けている。 ランディはぴったりした黒のTシャツにジーンズというラフなスタイル。ロイに関してはスーツを崩しているのが最早見慣れたスタイルだった。パッと見は仲がいいようには見えない。 それなのに、この連携技はいったいどういうわけか。尋ねようにも、逆に尋ねられている身。 イヤか、どうか。雄の色香に刺されるように言葉が前に続かない。 「アヤがノーって言ったら、いつでもすぐにやめるよ」 いつのまにブラウスのボタンを外されたのか。左後方から胸をまさぐっていたロイが、アヤのブラジャーを押し開けるようにして、乳房を両手で持ち上げる。 「アヤ、感じてくれてるの?」 「……ンッ…ぁ…」 「乳首がこんなに硬くなってる」 「あ……ァッ」 ロイの指先が尖った乳首を指で捏ねる。その刺激に身を震わせてる間に、アヤの右手はランディのものを握っていた。 「こっちも、ほら」 左手がロイのものに触れる。 右手と左手。それぞれ似ているようで違う形をしているのに、同じように血脈をたぎらせて上を向いていた。 「……っ」 思わずギュッと閉じていた目を開けてしまった。 スヲンの黒い目が覗いている。宝石のような美しさで、真っ直ぐ見つめられるとクラクラする。揺らめく箱の中に閉じ込められるのではないかと錯覚しそうになる。 感情に連動した指先が、それぞれ直視できない異物を強く握っていた。 「アヤ」 「ッン……ぁ」 ランディの吐息が右耳をなぞる。背筋から這い上がってきた何かが刺激を促して、アヤは膝からガクリと崩れ落ちた。 「……ゃ……っ」 崩れ落ちたはずの身体は三脚に支えられて体勢を維持している。 おかしい。 こんなことは今すぐにも拒んで逃げ出すべきだとわかっているのに、どこかで先を望む自分がいる。 「ひっ」 会議室のデスクに身体が乗せられても、それは消えるどころか、増していくばかり。真上にある三人の顔はすでに雄の顔をしている。 たぶん、その目に見つめられた自分もメスの顔をしているに違いない。それが他人にも伝わるほど容易に、アヤは歓喜の声をあげていた。 「すっ……ぁ」 スヲンが乳首を丁寧に舐めてから口に含んでくる。そのまま口の中で転がされると、身体中を微弱な電流がかけぬける。 「へぇ」 少し意外そうな声でスヲンが含み笑いを溢すと、スカートを脱がそうとしていたロイがなぜか得意そうな顔をする。 新発見に至るようなことなどあっただろうか。ロイが脱がしたスカートが床に落ちる音がして、わずかに視線を下に向けると、二人同時に目があった。
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