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俺は朔に何を言われているのか理解出来なくて、数秒間固まってしまった。
……恋って? 誰に、俺に?
「まさか!」
朔が金魚のように口をパクパクさせていて、困り果てている。俺だって困っていた。なんでこんな雰囲気になってしまったのだろう。隠居した年寄りのように優雅にお茶を飲み交わして、ほんの息抜き、その筈だった。
俺は動揺のあまりごくん、と唾を飲み込む。
「僕はずっと君のことが好きだったんだ」
繰り返し言われた言葉は、俺をからかっている様子もない。思えば、誰かに好きだなんて言われたのは人生でこれが初めてかも知れない。俺は深く考えもしないでクールな言葉を選んでいた。
「……えっ。あまり会ったこと、ないだろ」
「どうしてみんな会った回数だとか、一緒にいる時間を重視するんだろう? 僕は引っ越してきて一番初めの挨拶をしたその瞬間から、君のことが忘れられないというのに」
「あ……。何か、話したっけ」
朔は俺をじっと見つめている、まただ、この目。これは俺の表面上ではなくて中を見ている目だ。
「僕、人の心が読めるんだ」
朔がそう言うのを聞いて、俺は妙に納得していた。
秋沢朔という人間に感じていた違和感のようなものの正体——、それが今分かったような気がする。だから、驚いたりはしない、これまで色んなことのタイミングが良すぎて、納得するしかなかった。
それは朔が事前に俺の考えを知っていたとすると、腑に落ちることばかりだったから。
「僕のこと、馬鹿にしてもいいよ。僕、物心ついたときから不思議な能力があるんだ。でも信じてくれる人はあまりいない。証明できるものでもないし、疑われるのはしかたない。ただ、僕の力は人を見るだけで分かってしまうんだ。君がどんな人間か」
朔、俺にもあんたがどういう人間かくらいは分かるよ。俺はそう朔に言ってやりたかった。茶を飲み交わし俺は結局クッキーも食べて、そのあと適当に作ったナポリタンを二人で食べた。
「……あ、あの、朔」
「なんだい?」
彼は好きだと俺に言った癖に特段、返事を求めているようではなかった。
「ああ、僕が好きだと言ったから? ふふ、返事をくれるのかい? 別に、今でなくてもいいんだよ」
そうか、朔には心が読める。俺がなんと返事していいか分からないことくらい、お見通しなんだ。
「うん……」
「またね、また一緒にご飯を食べよう」
朔は諦めない男だった。
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