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忠実な犬みたいに俺を見かけると挨拶して、喋り掛けて、最近どう? と優しい声を言う。どういうことをしたら俺に好きになって貰えるのか悩んでいる、朔のそんな葛藤は顔に出ていた。
「俺、お前のこと好きかどうか分からない。好きになれるかどうかさえ」
「じゃあ、嫌いじゃないってことなんだろ? それならいいよ、ゆっくり考えてくれたらいいから。僕はアトリエに籠もりがちだし、無茶を言える立場ではないからね」
いやらしいことをするだけなら簡単なのに、恋をして相手を好きになるとなったら全力だ——…朔に会う度に朔が全力なのだと知り、ドキドキする。
人を好きになるということは、一体どういうことなんだろうか。俺は恐らく、恋というものをしたことがない。俺に恋なんて出来るのだろうか。
俺は、朔に会う度にそんなことを思い悩むようになっていた。
***
俺は別に秋沢朔の恋人なんかではないし、惚れている訳でもなかった。ただ電話した時に「助けて」と一言告げて朔が電話を切ってしまったから、心配になっただけだった。
インターホンを何度押しても返事がない。
だからドアノブに手を掛けたら——…なんと、開いてしまった。そうなると中に入るしかない。
「よっちゃん、来てくれたの?」
「あのな、朔。お前の今の状態、行き倒れてるっていうんだぞ」
朔の部屋にはなんにもない。ベッドと最低限の電化製品、炊飯器すら朔の部屋にはなかった。洗濯物とゴミに散乱している、その不浄の中で朔は行き倒れていた。
「そうかな。……あ、確かに僕、お腹空いているかも」
「何日間食べてないんだ?」
「……さぁ? 三日くらいかな」
「はあ、しょうがない奴だな。好き嫌いはある?」
「ない、僕なんでも食べるよ」
俺はどうしてさして仲良くもない隣人にわざわざ自分の家でおにぎりを作って、食べさせてやっているんだろう。朔はインスタントの味噌汁まで平らげて、シャワーを浴びるとそれからベッドに丸くなってしまった。食べたら満足して寝る犬みたいだった。
「ありがとうよっちゃん……でも、ごめんね」
「ちょっ、なっ、朔おまえ、まさか寝るんじゃ……」
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