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僕、もうダメみたい。
そう言い残して朔が寝息を立てて寝てしまったので、ひとり残された俺は朔の部屋を見渡す時間ができてしまった。封をされて積み上げられたごみ袋と、カゴいっぱいになった洗濯物。掃除機をかけた様子もない床。足の踏み場もない寝室には驚いてしまった。思っていたよりも画材らしい画材はこの部屋にはない。
朔の部屋はすさまじく汚い。そして混沌としている。
「……なんだこれ?」
俺は足元にあった小さなスケッチブックを拾い上げて、ほんの好奇心から開いてしまった——…けれど、すぐさま後悔した。中にはあの人懐っこい朔のイメージとは正反対のものが描かれていたからだ。
「ひっ……!」
それは真っ黒に塗りつぶされたページだった。その異様さに鳥肌が立って、俺は素直に怖くなる。理解できないものは怖い、それが人の本質だ。
卓越したセンスと重厚感、質感——秋沢朔は天才だ、素人の俺でも一目みて分かった。
どれをとっても平凡でないそれ。朔が描けば線の一本一本が生きる。燦燦として輝く。本当に鉛筆だけで描いたものなんだろうか。俺は圧倒的なその画力に瞬きすることすら忘れていた。きっと朔が描けば何かが起こる、人の心を揺さぶる何かが。
(す、すごい……)
思わず他のページを捲ってみる、どれもこれも夢に出てきそうな絵ばかりで心臓がドキドキした。化け物が大きく口を開けたようなバスタブ、ベッドの下から這い出る手。木に吊るされた子ども。どれもこれも、まるで本物のホラーだ。それが朔の画力で描かれると迫真の出来で、俺はブルブル震えている。
どうしよう、恐ろしいものを見てしまった。怖いから朔に一体なんなのか聞きたいけど、彼は寝ている。揺すっても声を掛けても起きそうにない。
どうやら、俺が見たのは心の闇、というものだろう。
「ど、どうしよう!」
俺は朔が起きるまでの間、シンクに溜まった食器や洗濯機に入りっぱなしの洗濯物をキレイにしていた。罪滅ぼしの為に、見てしまった怖いものをかき消す為に——…。
何時間経っただろう。外が暗くなってきた。ゴミをまとめてベランダにいったん避難させると部屋がスッキリしてきて俺はホッと息を吐いた。
よし、これでいい。やっと部屋らしくなった。そう俺が自己満足に浸っている頃、ようやく朔が起きた。
「……あ。朔、起きたのか」
「おはよう、よっちゃん」
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