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起きてきた朔は俺が勝手に朔のスケッチブックを眺めていたことを咎めなかった。ただガブガブとグラスに入れてきたお茶を飲み干し、じい、と俺を眺める。
「何を見たの? 随分と怯えているね」
「ご、ごめん……」
「こんな時間だ、何かご馳走するよ」
朔はちっとも怒らなかった。それどころか俺を慰めるように朔は出前の中華を頼んでくれて、冷蔵庫に唯一入っていたビールを開けながら二人で話した。もっと気まずくなるかと思ったのに朔は俺のしていたことを一切気にしていない様子で、俺に向かって話しかけてきた。
「よっちゃん、僕は画家だ。でもただの画家じゃない」
「どういうことだ……?」
「僕、人の心の悪い部分を食べて生きてるんだ」
その、少し壊れたような微笑み。
「朔……?」
笑っているのに泣いているみたいな笑顔。世界一かなしい笑顔だった。その口ぶりに一瞬、朔は俺のことを怖がらせて嫌いにさせたいのかと思ったけどそれは違う。試されている——…そう感じた。
「あのおっかない絵は、人の心?」
「そう。僕も怖い、でも描くと気が紛れる。僕にとって絵を描くということは、口に入れたものを消化するということだ」
「ううっ……朔は怖い思いをしたんだなぁ」
素直にそう言うと朔は困ったように微笑んで言った。
「そう思ってくれる?」
朔の心が読めるという力が本当だったとしたら、人の感情を溜め込んでおくことはとっても辛いことに思える。朔の言うようにそれを形にして消化できたら、それが一番楽なのかも。
「うん。でも、怖いって思うのは本物だからなんだろうな……。迫力があるというか。朔が画家だって言うの、納得した」
「うそ、もしかして信じてなかった?」
「……実は」
「ひどいなぁ。ああいう絵ばかり描いている訳じゃないよ、安心して」
俺もある意味一緒だと思った、あのカレーを食べたということは、悪意を食べたというのと同じだ。仕返ししてやりたい、困らせてやりたい。そんな人間の薄暗い感情をムシャムシャと食べてしまったから、俺の心は痛手を負った。
だったら朔、お前もそれは一緒なんじゃないのか?
俺は心の中で喋る、朔に聞こえていることを信じて。
「ねえ、どうして僕が人の心を読めること、疑ったりしないの?」
「どうしてって」
そんなこと言われてもなあ。
「本当かどうかはどうでもいいから……かな」
「どういうこと?」
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