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「君、どうしてそこまで意固地なの? 僕のこと嫌いじゃないのに。そんなお花咲かせてさ」
「……花?」
俺は慎重だった。アル中の母親を怒らせないようにビクビクしていた頃から変わらない。朔が花と形容しているのは、俺の心のことなんだろうか。だとしたら、俺は自分自身で芽を摘んできた愚か者だ。咲くかも知れなかった恋の花すらも、何一つ咲かせることはなかった。
俺はずっと、自分自身から逃げてきた。
「よっちゃん。君は、君が思っているほどつまらない人間じゃないよ」
朔みたいに、笑うと人が柔らかい気持ちになるの……本当に羨ましいと思う。
「そう、かな?」
「そうだよ。僕が保証する」
俺が営業先に行くとまた君かとため息を吐かれ、自社広告のプレゼンをする日は食事が喉を通らず、上手く喋れない。上司に何か不安なら相談しろ連絡しろと言われる度に、迷惑を掛けているそのことだけ吸収して、俺は根本的な部分を忘れた。社会人なんだから一人で仕事するなと言ってくれた上司の言葉は、今だからこそゆっくりと咀嚼できる。
もっと、周りをうまく頼れたらいいのに。
「俺、恋愛なんてする自信ない。今まで上手くいったことがないんだ。口下手だし、俺といてもつまんないだろ?」
子どもみたいなことを言う俺に朔は笑って言ってくれた。
「そんなことないよ。僕といるとよっちゃん、怒ってばっかりだよ」
「……は?」
「ほら、今だってムッとした。いいじゃないそういうの。僕、素のよっちゃんが好き」
朔に好きって言われると、胸がギュッと苦しくなる。
でも、今ここで好きって簡単に認めたら好きだって言われたから好きみたいで悔しい。
「どうして? 簡単に好きになってよ。そのために僕は君に好きだって言ってるんだよ」
「……でも」
俺がグズグズしていると、朔はそうだ、と立ち上がった。
「一度、僕の絵を見てみない? 君に見せたい。今回完成させたのはリクエスト品でね、恋を描写しろというから悩んで、君への恋を綴ったんだ」
アトリエに来て、と誘われて俺は朔の車で出掛けた。車で二十分ほどのそこは小さなワンルーム。以前はもっときちんとしたアトリエがあったそうだけど、そこを引き払ってここにきたのだそうだ。
「パトロンがいなくなっちゃったから今は僕、貧乏画家になってしまったよ」
「あの家で描いちゃダメなのか?」
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