ピグマリオンコンプレックス

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「アトリエにいると絵を真剣に描いてしまうから、リラックスする空間を分けたかったんだ。あと匂いや場所がね、どうしても」 俺がこの日見せて貰ったのは大きなキャンパスだった。部屋を支配するように鎮座したそれには優しい色の花々が咲いている。鉢植えの花を愛でる少女が描かれていて、とても可愛らしい表情だ。 心の春と銘打たれたその絵が朔の恋であることが、俺の胸を明るくさせてくれた。 「この花はなんて花?」 「これはアザレアだよ、こっちはスズラン」 人に好きになって貰えるなんて初めてのことだから戸惑うけれど、朔の絵は美しかった。ストレートに好意が伝わってくる絵だ。清々しいほどの赤、咲き誇って垣根のように映えたその色は恋の色だった。 「見せてくれてありがとう、ものすごく良くわかった」 「えっ、それだけ? 僕を好きになったって言われると思った!」 「嫌いじゃないよ」 俺は笑って言い、朔は納得いかなさそうに首を傾げた。 「好きになってくれたらいいのになぁ」 そう簡単にはいかない。何度も何度も朔と付き合うことを想像してみたけど恥ずかしくなってやめた。俺と朔は車に乗り家に帰った。途中で一緒に映画を観ようなんて言われて、映画をレンタルして。酒とつまみまで買った。 「あの絵はレストランの一番いいところに飾ってくれるそうだよ。明日業者が引き取りに来てくれるから、今日がラストチャンスだったんだ」 「えっ、あの絵レストランに飾られるのか?」 俺は朔の話に顔を顰めた。 「とても大きい絵だったろう? オーナーが僕の絵を気に入ってくれてね、次の絵も彼の為に描くつもりだよ」 今度のリクエストは恋についてじゃないといいなぁ、と思いながら俺は帰りの助手席で鞄を抱き締めた。だってなんか恥ずかしい。描いている間、朔は一体どんな顔をして描くんだろう? 「えっと、別に描いている時は真顔だと思うんだけど……」 と律儀に俺の心の疑問に朔が答えてくれて、俺はキレた。 「勝手に俺の心を読むなってば!」 「ごめん、だって聞こえてきちゃったんだもの」 俺は慎重な性格なので、常に心にブレーキをかけ朔と交流するように心がけていたつもりだったけれど……心を読めるという人間を前にして、そんなこと意味のないことに思えてきた。 朔は俺の心を会話しようとしてくる。そんなの卑怯だ。 「君、どうしてそんなに怒るの?」
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