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「そうか、僕は君に甘えてばかりですまないね。でも、僕ほんとうに君のこと好きだし、君の料理も好きだよ」
「あっそ」
以前、本当に作り過ぎたので隣にたまたまいたコイツにチャーハンを分けてやったら、大喜びされた。朔は自分のことをするのは苦手らしい。食事もいい加減だし、洗濯もクリーニングに出し掃除もハウスキーパーに頼っていたのだという。聞けば聞くほど、秋沢朔という人間はメチャクチャな人間だった。
でも朔はそれなりに売れている画家で、朔の絵の虜になった客は少なくないと聞く。そんなすごい男は、俺のことを好きだと言うし——世の中は分からないものだ。
「人の心が読めるのなら、それを利用してもうちょっと人とうまくやろうとは思わないのか?」
そんなことを俺が言うと、朔は心底不思議だ、というように首を傾げた。
「例えば?」
「そうだな、相手の思考を先読みして優しくするとか」
「しているよ? 今日だって僕、君に優しいだろ?」
「うそだぁ」
俺の心が読めていて、しかも俺のこと好きだというならもうちょっと、こう、あるだろう。俺は朔に会う度にそんなことを思う。このヘンテコな男は毎回俺の心を翻弄した、本当にコイツは俺のこと好きなんだろうか、本当に疑問だ。
「朔は、俺の心が読めるからそれで満足するのかも知れないけど。俺には朔の気持ちはわからない、もうちょっと考えてくれ」
俺は、きっと俺が自覚している以上に朔のことが好きなのかも知れない。必死になってしまった、好きだと言うくせにどこか飄々としている朔のことが気になってしかたない。
「それ、良く言われるんだ。昔付き合っていた恋人にも同じことを言われた、僕と付き合っていると疲れるって。僕があまりに自由だから。僕って、人と付き合うのに向いてないのかもね」
俺は何故かその言葉にムッとした。重症だった。
「じゃあ俺が朔のことを好きになっても無駄じゃないか」
「そんなことないよ。僕、こんなに人のことばかり考えているの初めてのことなんだ。もしかして君が初恋なのかも」
なのかも、じゃなくてどうせならハッキリ言って欲しかった。
「ケッ、どうだか。朔は俺に餌付けされているだけかも知れないだろ」
「それは違いない。確かに、僕は君の料理に胃袋を掴まれている」
「……お前なぁ」
俺は別に朔のことが嫌いではなかった。
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