ピグマリオンコンプレックス

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「はは、面白いことを言うね。もし良かったら、僕と出掛けてみない? 僕、息詰まるといつも山梨にあるコテージに泊まるんだ。キャンプ場からは富士山が見えるし、展望風呂つきだよ」 もし俺がゲイじゃなかったらそれほど悩まず、男友達と遊びに行くかくらいの感覚にもなれたのかも知れないが……俺は朔に下心があるのではないかと勘繰っていた。 いや、実際、下心あるって言っていたしな。怪しいな。 「お前、キャンプなんて行くんだ」 「あ、もしかしてインドアに見えてた? 僕はこれでも自然が好きでね。美しい自然の中に身を置いていると、描けない時でも心の中が満タンになるものだよ」 朔は自然の中に立っているとよりいっそう、人形のように顔の整った男だった。モデルみたいに華のあるタイプだ。朔が喋ると雰囲気も明るくなる。喋ってしまうと見た目のイメージとは正反対のやかましさだけど、そのお喋りのおかげで朔はとっつきやすい人間なんだと思う。 「君、車の運転は得意?」 「いや……実はペーパーで」 「じゃあ、僕が運転だね」 キャンプというものをあまりしたことがなかったから、コテージに全て必要な材料から道具が揃っていて驚いた。バーベキューの材料や飲み物は冷蔵庫にきちんと入れられている。 「あらかじめ予約する時にオプションで選べるんだよ。勝手にバーベキューにしちゃった」 いいよね? と無邪気な顔して朔が聞いてくる。 「ああ、俺バーベキューなんてしたの、高校生の時ぶりかも」 「よっちゃんと同じクラスだったらさぞ楽しかっただろうねぇ」 普段忙しない都会で過ごす俺にとって山梨での体験は素晴らしいものだった。普段と違う音がする、鳥の鳴き声や川のせせらぎ。コテージから少し歩いただけで林道が続き、俺は迷子になりかけた。普段料理なんてしない癖に、バーベキューとなると途端張り切る朔が面白い。 「わ、煙がもくもくだ、目に染みるね」 「寒かったけど火の周りはあったかいな」 朔は意外にも器用に火を起こしてみせた。棒状にひねった新聞紙を囲むように炭を煙突状に積んでいく。火種を入れてからは動かさないことがコツ、そう言って朔は得意げに笑っていた。どうやらバーベキューは慣れているらしい。 「よし、今日はお前に任せよう」 「任せてよ。よっちゃんはそこでビールでも飲んでいな」
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