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とうとう灯油を買うお金もなくて家は寒かった。たちまち冬が嫌いになって、母親が酒を飲む傍ら俺は自分でご飯を作って食べた。俺が料理をすると母親もそれを食べてくれた。俺が高校になって洋食屋でアルバイトし始めたのは単純にまかない飯が目当てで、それだけ人の作った食事に飢えていたんだと思う。
だから俺は、あの社食が好きだったんだな。しみじみとそんなことを思った。
「自分でなんとかしないとだなんて、寂しいことを言わないでおくれよ。僕はそりゃあ、他人だけどさ。君のこと、毎日気に掛けているつもり」
「……そりゃあ、どうも」
俺は、物思いに耽っていた。
高校を卒業すると同時に俺は、母親と別れを告げた。渡り鳥のように自分の居場所を追い求めているうちに気付いたのは、俺がひどく内向的な性格だということだけ。
「俺、苦手なんだ。人に心配して貰ったり、迷惑をかけるのが」
「どうして? 君のことを心配しているのは、君のことを好きな人だけだと思うよ」
優しい言葉がすとんと、胸に染みた。
「……そうなのかな。俺は、そういうのが分からない。俺なんかの為に申し訳ないなって思ってしまうし、何も返せないなって」
「別にいいんだよ、何もお返ししなくても。君を助けるのは、やりたくてやってることでしょう」
高校生のとき周囲が恋愛一色になっても、就職して五年六年経ち同僚の結婚式に出る機会が増えても、俺は自分の城を守り続けてきた。
そうして自分の内側だけに没頭していると、恋愛もうまくはいかない。マッチングアプリで相手を見つけても一度デートしてホテルに行っておしまい、そもそも喋るのが苦手で長く恋人として続く相手はいなかった。自分は人を好きになれないのだと思い込むことで、俺は精神を安定させていた気がする。
「君は自分に自信がないんだね」
「そういうあんたは、自信満々に見える」
「うーん、そういう訳でもないけど。僕は結局、僕が好きだからさ」
俺の困惑は常に、内に内にと向かってしまう。意気地のない自分をどうにかしたいけれど、その方法すら分からない。俺の混沌はしがらみになって取り残されたままだった。
この隣人みたいに美形で、才能があったらどれだけ良かったか——…俺は彼を羨んでしまう。
「磨かないから光らないんだ。光らないから、卑屈になる」
そんなことを、秋沢朔が歌うようにつぶやいた。
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