ピグマリオンコンプレックス

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どうしてそんなことを言うのだろう、まるで俺が考えていることへのレスポンスみたいな台詞じゃないか。 「なに……?」 「君のこと。これ、僕の連絡先。絵を描いているときは反応しないと思うけど、絶対に掛け直すから何かあったら連絡して」 彼はそんないい加減なことを言って連絡先の書かれた名刺をくれた。呆れたやつだ、普通、嘘でも掛けてくれたら絶対に行くから、くらい言うものなんじゃないだろうか。 それが秋沢朔と俺との関係を築いていく上での、大きな一歩になったことを俺は知る由もない。 不機嫌なまま名刺を受け取って、部屋に戻って彼から貰った苺を見つめた。本当は人から貰ったものを食べたくないんだけれど……この苺は美味しそうだ。 あいつ、へんなやつだなぁ。 それなりに売れているらしいし画家というのは変人が多いのだろうか。良く美大生は変わり者が多い、なんていうし。 数日後、俺のそんな偏見全開の言葉を彼は笑って聞いてくれた。 「画家に変人が多いのは何故かって、そりゃあ会社勤めじゃないから自由だろう。自由っていうのは、好きな方向に伸びろってことだから」 「変人って言われて怒らないんだ?」 「僕、変でいいんだもの。別に変で困ることじゃないし。でも、よく連絡してくれたね。嬉しいなぁ。僕、ずっと君と仲良くしたかったんだよ」 以前一緒に仕事をしたクライアント先から山のように貰った洋梨、ひとり暮らしだしこんなに要らないなぁ、と思っていたところに俺は彼の顔を思い浮かべてしまったのだ。なんということだろう、俺は、この美味しい梨を彼にあげたくて堪らなかった。 綺麗な柳眉と人懐っこい瞳。果物好きなのかな、だったらあげてみるか——と不意に考えてしまったのは無意識の中、俺は心のどこかで彼に惹かれていたに違いない。 彼が笑うとその明るい声が弾んで、心が落ち着く。彼はどうしてか俺にお節介を焼きたがり、俺の傍にいてくれた。朔は人懐っこい人だと思う。屈託がないし、嫌味がない。 「お茶でも飲んでいかないか? それか、珈琲でも」 自分から誘った癖に俺は彼を家に上げてすぐ俺はあっ、と声を上げていた。俺の部屋には何もかも一つずつしかない、だからマグカップも足りない。 せっかく誘ったのに恥ずかしい、そう思っていたら彼は笑った。 「僕、自分のカップ持ってこようか」 ちょうどいいタイミングで言われた言葉に、俺は目を丸くする。
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