道の刺身

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 このお店は不思議な刺身を食べさせてくれる。 「いらっしゃい! ご注文は何になさいますか?」  カウンターの席につくと、早速店主の一声。同時におしぼりと温かそうなお茶が出てきた。  僕はカウンターに置かれたメニューをパラパラとめくり、目を見張る。そこにはこう書かれていた。 本日のおすすめ: 都会交差点の活け作り 「……交差点の活け作り?」  思わず呟く。 「とれたて新鮮、ピチピチの交差点ですよ!甘辛ダレで食べるのがおすすめ」  ピチピチの交差点? 甘辛ダレでいただく? 何が何やら訳が分からない。 「とにかく食べてみるのがいいです。どうですか?」  喉の奥からお断りの台詞が込み上げていた所にそう言うものだから、は、はあ。としか声が出なかった。  珍しい刺身って、イメージと違ってたなぁ……。    ***  しばらくして、それは姿を現した。交差点の活け作り。  さすがに交差点をまるまる持ってきて活け作りにすることは出来なかったのだろう。ちょうど白線の一部を切り取ったアスファルトの板を食べやすい大きさに切ったような姿をしていた。  驚いたのが、それらはやけにつやつやしていて、透明感のある肌質? だったのだ。  表面はアスファルトのゴツゴツ。イメージとしたら、ゼラチン質の竜田揚げみたいな感じだろうか?  見た目に反して美味しそうなにおいがする。僕は、思いきって箸をのばしてみる。  しっかりとした重量感。琥珀色のタレにつけると、多少は魅力的な見た目になる。 「……いただきます」  ゆっくりと、一口、いただく。 さっくりとした揚げたての竜田揚げみたいな食感と、その奥にある弾力を帯びた部分。少しの酸味と唐辛子の利いたタレ。ちょうどいい噛みごたえ。 「都会の交差点は、色んな人が踏みしめているから、身がしっかりしてるんですよ。タコとかイカとかが好きな人は結構好きな味じゃないかと思いますよ」  なるほど確かに、一日に一体どれくらいの人が交差点を踏みしめているのか。それを想像すると、納得する理由だ。 「ちなみに田舎の地面は比較的柔らかで、口どけがいいものが多いです。もしお時間があれば食べてみてくださいね」 「はい、ぜひ」  お腹一杯になるまで食べて、店を出た。  夜の街はすこしく空気が冷えている。  一歩踏み出したその先にある道路。  この道路は一体どんな味がするんだろう。  この店を知らない人が聞いたらキョトンとするようなことを考えながら、夜道をひとり、歩いていった。
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