葉月小五郎

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彼女は、火箱薫という名前らしい。実に珍しい名前だと研斗は思っていた。それまでは楽しく推理小説のことについて話していたわけだが、彼女が「真壁さんはどんな仕事をされているんですか?」と聞いてきたことをきっかけに、話題は次第にそれぞれのプライベートなところへと踏み込んだものへとなっていく。 「介護士です。しらゆり苑っていうところで働いてます」 研斗はすぐに答えて、「火箱さんの職業、当てましょうか?」と、ニコッと笑って聞いた。研斗は、恐らくこれは一種の職業病なのかもしれないが、彼女のことをついつい観察してしまい、それによって推測できたことを次々に話したのである。 「火箱さん、たぶん警察官でしょ?」 火箱薫は驚いた。その推理は当たっていたのである。研斗は続いて、「服の上からでも、わりと体が筋肉質。きっと日常的に体を使う仕事で、それと共に日常的に鍛えなきゃいけない仕事なのでしょう。それと、立っている時の姿が若干だけど左に傾いてる。きっといつも体の左側に重みのあるものを提げている証拠。それは恐らく、拳銃を提げているんでしょう。そして、その佇まい。相手に隙を見せないような、少しプライドが高そうなその佇まいからして、警察官なんじゃないかなーって。それも、拳銃を持つことを許されてるってことだから、中央署の凶悪犯罪課の刑事さんかな?」と、それぞれどうしてそう思ったのかの理由を述べた。ここまで話した後、彼は後悔した。 これは“いけない癖”が出てしまった______。研斗は、目の前に座る火箱薫が“驚き”ではなく、一線を画すかのような、引いた目でこちらを見ていたのである。これは嫌われてしまったと確信した研斗は、「ごめん、気味悪いよな、こういうの」と苦笑いをして誤魔化したが、もはやそれでは誤魔化すことができなかった。
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