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翌日、そのことを担当編集の基部に話すと、「そんな話で締め切りのことから話を逸らそうとしても無駄だぞ」と幸守は一蹴されてしまう。
「いや、別にそんなつもりはないんだけどさ」
幸守は慌てて言った。新作の原稿の締め切り期日はとっくの昔に過ぎている。「もう延ばせないぞ」と、基部はいつものより真剣な表情で言った。
「わかってるよ。ちゃんと書いてきたさ」
幸守はカバンから印刷したばかりの原稿を基部に提出した。「お、ついに書けたか」と、基部は嬉しそうにしながらその原稿に目を通す。
『江戸川耕助シリーズ』の最新作の第一章の原稿は、事件の関係者たちの概要を含めた物語が進み、江戸川耕助の名前が登場したところで終わっている。次の物語が気になる繋げ方であった。ただ、内容的にはつまらない。基部にとってそれは幸守らしくないと感じてしまったらしく、そっとその原稿を喫茶店のテーブルに置き、「幸守、相当スランプなんだな」と哀れみ含む目を向けて言った。
「だよなー。全然納得いかなくて、今日提出すんのだってめちゃくちゃ迷ったくらいだよ」
幸守はガックリとうなだれて言った。全然書けないながらに書いてみたはいいものの、幸守自身も出来はひどいものだと感じていたのである。
「連載、一時休載にしようか?そのスランプ抜けるまで」
「そうしたいけど、そうなると収入がなくなるからな」
「でもこれじゃさすがに載せられないぜ?」
「これでも結構手直ししたんだけどな」
どうしたものかと幸守は頭を掻いた。
まったく、ため息しか出ない______。基部はそんな彼に「書けないことは誰にだってある。これは今までいろんな作家先生に付いてきた俺だから言えることだけど______」と言った。
「こういう時は、休むのがいい。作品のことは考えないで、ゆっくりとすんだよ。そしたら、自然とアイデアが浮かんでくるって、前に付いてた作家先生が言ってた」
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