葉月小五郎

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そして今日も店長は、奥のレジカウンターの内側にイスを持ってきて腰掛けて、あくびをかきながら新聞を読んでいる。知り合った頃より、店長は少し老けた気がする。白髪も増えたように感じられるし、老眼鏡をかけるようにもなっている。この様子では盗みに入ってくださいと言っているようなものだが、不思議と、この店で万引きをしようとする人はいない。そもそも古本を万引きしようとする人がいないのだろう。 研斗が店に入ると、その店長は一度チラリとこちらを見てから、「いらっしゃい」と気怠そうに言ってまた手に持つ新聞の方へ視線を移す。 手狭な店だが、研斗にとっては憩いの場所である。彼は昔から小説などの紙の匂いが好きだったから、こういう古書店の匂いは好きであった。 研斗は長い時間この店の雰囲気を楽しむため、特別何がほしいだとか、何が読みたいだとかは決めてきていない。実にアバウトに、推理小説が読みたいとだけ決めていた。彼はこれまで何冊もの推理小説を読んできたが、どちらかと言うと、新しいものよりは古典的な推理小説を好んでいた。例えば、ドイルの『シャーロックホームズ』やクリスティの『ポワロシリーズ』、前述したが、エラリークイーンなどが好きであった。自国のもので言うと、やはり、横溝正史は面白い。そして何より、『葉月小五郎シリーズ』が好きであった。今日も、新しいものよりは古典の推理小説を探していたのである。 よくこの店に来ている彼だから、どの棚にどんなジャンルの小説や本が並んでいるのか覚えている。そのため、彼はすぐに推理小説が並ぶ棚の前まで行き、目ぼしいものはないかと物色した。そんな時である。研斗は『葉月小五郎シリーズ』の第一作目にして、作家、葉月小五郎の名前を一躍全国区にまで押し上げた小説、『葉月小五郎と完全密室』を見つけたのである。
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