葉月小五郎

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あまりの懐かしさに、彼はすぐその本に手を伸ばそうとしたのだが、それより先に誰かの手がその本へと伸び、その誰かが先にその本を手に取ったのである。「あ______」と、研斗は思わず声を上げる。すると、その本を先に手に取ったその女性がこちらを見て、「もしかして、これほしかったですか?」と、研斗に聞いてきたのである。こういうのは早い者順だと思っている彼は、「いえ、あなたが先に取ったものですから、どうぞどうぞ。僕はそれ何度も読んでますし」と言った。 「そうですか?じゃあ、お言葉に甘えて」 綺麗な女性であった。体が少し筋肉質だが、丸みのある女性らしい体をしていて、顔も美人な系統の顔立ちをしている。少し左側に体が傾いていることが気になるところだが、その一瞬で、研斗は初めて会った彼女に見惚れてしまっていた。 「あなたも好きなんですか?葉月小五郎シリーズ」 気付けば、研斗は珍しく自分から女性に話しかけていた。その女性は、「えぇ。つい最近出た新しいやつ読んでみて、すごく面白かったから、古いやつも読んでみようかなと思ったんですよ」と、ニコリと笑って答えた。世の中にミステリや推理小説が好きな人は大勢いて、研斗はその何人かにこれまで出会ってきたが、ここまでの美人に出会ったのは初めてであった。 別に下心なんかなかったと言えば、嘘になる。だが、その時の心は、主に目の前の彼女をのことをもっと知りたいという好奇心であった。研斗と彼女は、まるで初対面ではないかのように、『葉月小五郎シリーズ』についての話に花を咲かせていた。古書店でずっと立ち話をするわけではなく、二人は意気投合した勢いをそのままに近くの喫茶店に入り、話をしていたのである。
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