3人が本棚に入れています
本棚に追加
社長と名探偵
すぐに田口が呼び出された。
「私を呼んだということは ───」
「川北さんには隠さなくていい。
新たな情報はあるかな」
顔を顰めてピシャリと額を叩いた。
「すみません。
ここのところ動きがないので、ご報告できる事実がありません。
探偵として身が縮む思いです」
祇園寺が肩をすくめて短く息を吐いた。
「川北さん、彼には気をつけたまえよ。
笑いながら人を出しぬく男だ。
恐らく、まだ話す時期ではないという意味だろう」
眼を閉じた田口の口元が少し引き締まった。
「では、社内視察と参りましょう」
各部署ごとに、コンセプトを持ってインテリアデザインをしている。
ジャングルの中、バーのような目を惹くコンセプト。
中央から放射状にブースで分け、通路を広く取った販売部門。
それぞれが魅力的で、会社見学したときにはため息が出たものだった。
「ゾーニングとIDカードキーで機密情報を管理してますから、ハード面は問題ないはずです」
歩きながら田口が一つ一つ鍵をチェックする。
各部署に社長が入るたびに部長が弾かれたように起立する。
これでは邪魔しに来たようなものだが、祇園寺はお構いなしにオフィスをぐるりと歩きまわった。
最後に地下のゴミ捨て場もチェックした。
「鍵の管理は」
警備員室にいた男に自ら尋ねた。
警備員がいつも携帯するとのことである。
「最近、観葉植物を増やしたようだが ───」
田口が口を挟んだ。
一瞬眼が泳ぐようにみえたが、たいした話題ではなかった。
探偵とは細かいところまで観察しているものだな、と留依は田口の横顔を眺めていた。
社長室に戻ると、祇園寺が意を決したように切り出した。
「実はね、川北さん。
社長秘書という仕事は緊張を強いられて大変だろうと思ってね」
ニコリと笑い、封筒を取りだした。
「スキーにでも行ってきたらどうだろう。
明日から休暇を取って行ってくるといい。
長船君の秘書の香坂さんと仲が良いんだってね」
部屋の真ん中に突っ立っていた留依はポカンと口を開けた。
ノック音がして、長船と愛が入ってきた。
「失礼ながら、香坂さんにお願いしてスキーウエアを用意してもらったのです。
遠慮はいりませんから、遊んできてください。
他の役員もいるし、仕事の方は大丈夫です」
「あら、そんな言い方したら私に誠意がないみたいですよ。
留依ちゃんとは、お友達ですから」
職場で顔を緩めたのは初めてかも知れない。
そんなことを思っていた。
「それでは、すぐに出発して朝一番で滑りましょう」
愛は外へと促し、社長室を後にした。
「いいのかな」
「ご厚意に甘えておきましょう。
ちょっとね、留依ちゃんが最近疲れてるって、社長に話したのよ」
昨日買ったウエアを早速取りだし、荷造りをして愛の車に乗り込んだ。
赤いミニバンの中にはUFOキャッチャーらしいぬいぐるみが沢山放り出されていた。
最初のコメントを投稿しよう!