社長と名探偵

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社長と名探偵

 すぐに田口が呼び出された。 「私を呼んだということは ───」 「川北さんには隠さなくていい。  新たな情報はあるかな」  顔を顰めてピシャリと額を叩いた。 「すみません。  ここのところ動きがないので、ご報告できる事実がありません。  探偵として身が縮む思いです」  祇園寺が肩をすくめて短く息を吐いた。 「川北さん、彼には気をつけたまえよ。  笑いながら人を出しぬく男だ。  恐らく、まだ話す時期ではないという意味だろう」  眼を閉じた田口の口元が少し引き締まった。 「では、社内視察と参りましょう」  各部署ごとに、コンセプトを持ってインテリアデザインをしている。  ジャングルの中、バーのような目を惹くコンセプト。  中央から放射状にブースで分け、通路を広く取った販売部門。  それぞれが魅力的で、会社見学したときにはため息が出たものだった。 「ゾーニングとIDカードキーで機密情報を管理してますから、ハード面は問題ないはずです」  歩きながら田口が一つ一つ鍵をチェックする。  各部署に社長が入るたびに部長が弾かれたように起立する。  これでは邪魔しに来たようなものだが、祇園寺はお構いなしにオフィスをぐるりと歩きまわった。  最後に地下のゴミ捨て場もチェックした。 「鍵の管理は」  警備員室にいた男に自ら尋ねた。  警備員がいつも携帯するとのことである。 「最近、観葉植物を増やしたようだが ───」  田口が口を挟んだ。  一瞬眼が泳ぐようにみえたが、たいした話題ではなかった。  探偵とは細かいところまで観察しているものだな、と留依は田口の横顔を眺めていた。  社長室に戻ると、祇園寺が意を決したように切り出した。 「実はね、川北さん。  社長秘書という仕事は緊張を強いられて大変だろうと思ってね」  ニコリと笑い、封筒を取りだした。 「スキーにでも行ってきたらどうだろう。  明日から休暇を取って行ってくるといい。  長船君の秘書の香坂さんと仲が良いんだってね」  部屋の真ん中に突っ立っていた留依はポカンと口を開けた。  ノック音がして、長船と愛が入ってきた。 「失礼ながら、香坂さんにお願いしてスキーウエアを用意してもらったのです。  遠慮はいりませんから、遊んできてください。  他の役員もいるし、仕事の方は大丈夫です」 「あら、そんな言い方したら私に誠意がないみたいですよ。  留依ちゃんとは、お友達ですから」  職場で顔を緩めたのは初めてかも知れない。  そんなことを思っていた。 「それでは、すぐに出発して朝一番で滑りましょう」  愛は外へと促し、社長室を後にした。 「いいのかな」 「ご厚意に甘えておきましょう。  ちょっとね、留依ちゃんが最近疲れてるって、社長に話したのよ」  昨日買ったウエアを早速取りだし、荷造りをして愛の車に乗り込んだ。  赤いミニバンの中にはUFOキャッチャーらしいぬいぐるみが沢山放り出されていた。
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