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 中学校からの帰り道。寄り道場所は自動販売機ぐらいしかない。自動販売機の前に屯する中学生は都会に住む人間から見たらどんなふうに見えるのだろう。落ちたアイスクリームに群がるアリ?それとも街頭に集まる蛾?  だけど私はこの田舎町にいる。 「俺の負けだから、ミウミウ、好きなの選べよ」 「ありがとう。これにする」と言って私はレモンスカッシュを選んだ。 「じゃあ。俺はファンタファンタ」とタカオが私の後ろから出てきて赤く点灯するボタンを押した。 「和夫はどうすんの」とフウタが離れたところで黒いバイオリンケースを背負い川の上流に見える山並みを見つめているカズオに聞いた。 「どうすんだよー」とフウタがもう一度大きな声を上げるとやっとカズオはじゃあブラックでと言った。 「なんだよ。いつもかっこつけてさ。ファンタが一番うまいだろ。ファンタが。」 川沿いの満開の桜が目に沁みる。変わらない日常の風景が続く。 「なんだあれ?」とタカオが声を上げて指さした先に萎びた商店の前に置いてあるボロボロの自動販売機があり、その前にすらりとした背の高く、髪の長い女性が立っていた。ただ、よれよれの長いトレンチコートを着て、大きな袋のような一本釣りの鞄を肩に抱えたその女性は異様な存在感を放っていた。 「なんだあれ。フローシャじゃないのか」とタカオが大きな声を上げたので、私その女性に声が聞こえるのではないかと肝を冷やした。 「あれはヒッピーっていうんだ。テレビでやってた。1970年代に流行った若者のファッションなんだよ」とフウタが物知り顔で皆に話している。カズオは相変わらず興味なさそうな顔をしてブラックのコーヒーをすすっては苦い顔をしている。苦いのが嫌いならブラックコーヒーなんて飲まなければよいのに。 「あいつ自動販売機の釣銭探してるぞ。金ねーんだな。やっぱりフローシャだろ。」とタカオがまた大きな声でいった。私はひやひやしながらその女性とカズオを交互に見た。大声であおの不審女性のことを話しているタカオを静かにさせてくれないかと、私はカズオに期待していた。 「そこの少年少女達―。私に百円貸してくれないかー」とその女性が50m以上離れているであろうが声をかけてきた。言わんこっちゃないと私は下を向き聞こえないふりをした。ただその女性の声は想像していたよりも若い女性の声だった。 「そこの丸坊主の少年よ。百円くれよ。あと百円足りないんだ」とその女性はまだ続けている。二十円しかその女性は持っていないのだろうか。 「どうする?どうする?なんか変なやつに俺話しかけれれているよ。ミウミウお前百円あいつにやれよ」と先ほどまでの大声はどこに行ったのか小声でタカオは私の横腹を肘でつついてきたが私はそれを無視し聞こえないふりをした。 「おーい。少年少女達よ。誰でもいいんだ。百円くれ。」  私は小さく目立たないように首をすぼませた。誰でもいいから不審女性を振り払ってくれと私は願った。 「中学生の俺達に金なんかせびらないでください。金なんてもってないです。行こうぜ。」  誰かと思えばそれはカズオだった。私達はその言葉に合わせて一斉に早歩きでそのボロボロの商店から離れていった。後方からまだ、おーい。ちょっと待ってくれよ。なんて間抜けな声が聞こえてきたが私達は振り返らずに土手もまっすぐな道を走って逃げた。 「なんだあいつ。わけがわからない女がいるもんだ。多分無職なんだぜ。中学生に金をせびるなんてかっこ悪すぎ。」 女性の姿が見えなくなるところまで来るとカズオは誰にいうでもなくそうつぶやいた。バイオリンケースを抱えたカズオは一番最後を走ってきたが、一番堂々としていた。
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