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 カズオがいなくなって三か月がたった。あの日以来、悲しい日々が始まったが三か月たった今となっては悲しさは無力感をただ生成するだけの装置になってしまっていた。この町にも小さなデパートがある。幼いころ父に連れてきてもらった場所である。小さなデパートの屋上の小さなベンチに座り広い空を眺める。ゆっくりと雲が流れている。今日から私は中学三年生になる。始業式の帰りにこのデパートにやってきた。今日は一人きりだ。カズオがいなくなってからタカオやフウタと会うこともあまりなくなり、私はカズオと出会う前の退屈な日々へと逆戻りしてしまった。環境の変化は私を異質な物質へと変えてしまった。一人でいるデパートの屋上の空は広く、無機質だった。始業式終わりの半ドンで私はここに立ち寄った。カズオがいたときのことを思い出したかった。この場所、四人でなぜか写真を撮った。この場所で撮った写真は今も私の生徒手帳のカバーの裏側に入っている。私はそのベンチに座り、小さく折りたたまれた写真を生徒手帳から取り出した。 中央に私がいて隣にはカズオとタカオ、そしてそのとなりにフウタがいた。写真を撮った時はこのデパートの屋上に移動遊園地が来ていた。小さなメリーゴーランド、電動の小さな車や風船の滑り台、屋台の出店も出ていた。写真を見ると一年前の私を含め、みな幼い顔をしている。小学生に毛が生えたような年頃の私達。ただ楽しかったことだけはよく覚えている。それまで友人と呼べるような友人は一人もいなかっ私にとってなぜかこの四人の集まりはとても気の休まる関係だった写真はその移動遊園地の係員に撮影してもらったものだった。皆笑っていたが、特に綿足は浮かれた顔をしているように見えて、写真を見返すのは恥ずかしかったが、見返さずにはいられなかった。カズオの口数は少なく多くを語ることはなかったのだが、今思うとカズオがこの四人の「カナメ」だったのだと今の私にはわかる。春の風が花の奥の方にこそばゆい。何のイベントもやっていないデパートの屋上には寂しいが春のうららかな日差しがベンチと私を温めている。もう一度カズオに会いたいとそう思った。そして四人で同じように写真を撮りたいと私は強く思った。そうだ、私はもう一度ここで四人で写真を撮りたかったんだ。遠くの方で名も知らぬ鳥がボーボーと泣いている。ガタンと大きな音が左側から聞こえた。誰もいないと思っていたので私は驚いて音のした方に視線を送るとあの背の高いヒッピー風の女性がやはり大きな袋のような鞄を肩にかけて自動販売機の前でかがみこんでいる。今日も釣銭集めかと思ってちらちらと様子をうかがっていると何やらペットボトルを取り出している。今日はちゃんと買ったんだと思って、つづけてちらちらと様子を見ていると再びガタンと音がして二本目が落ちてきた音がした。天気がよく、乾燥しているからよほど喉が渇いているのだろうと私は思った。春なのに初夏のように暑い。ただヒッピー風の女性はいつも通りに長いトレンチコートのようなものを着ていて、何やらこちらに近づいてきた。 「少女よ。今日は一人か?」 唐突に話しかけられたことに私は驚き、ベンチからずり落ちそうになった。何も言わないでいるとその女は続けてじゃあこれやるよというって、先ほど自動販売機で買っていたものを手渡してきた。それはホットコーヒーの缶だった。 「ありがとうございます」と私は小さい声で言うと、その女性はまあ気にすんなよって顔をして、馴れ馴れしく肩を叩いてきた。 「なんかこの前は四人で楽しそうだったのに、今日は一人でつまらなそうじゃんか。どうしたー。話してみなよ。この私にさー」といつもの妙に明るい感じで語りかけてきた。  ホットコーヒーのプルを引くとふわっとコーヒーのいい香りが鼻孔をくすぐった。それはいつもカズオがいつも格好つけて飲んでいた缶コーヒーだった。なぜその不審な女性に話をしてしまったのかわからないが、私は仲が良かった四人組のうちの一人であるカズオが引っ越して、遠く他県に行ってしまったこと、カズオがいなくなったら紐を失った凧のように他の二人も私のもとから離れていき、離さなくなってしまって、再び私は一人きりになってしまったこと、つまらないから昔、皆で遊んだことのあるこのでぱーとの屋上のベンチに座って空を見ていること、そして一週間後に私の誕生日があることを人思いに話続けた。何を話しているのだろうかと思いながらも話してやっと自分の悩みを相談することのできる人間の少なさに私は驚愕するのだった。孤独なんてなれていたはずなのに、なんで私は寂しいんだろうと思った。 「また四人で集まればいいだけじゃんかよ。それで満場一致の万事解決さ」  なんだかよくわからないことをその女性は言っているが私はなぜかほっとした気持ちになった。 「手紙でも書きなよ。その少年にさ。こっち来いってさ」   そう言ってその女性は飲んでいたスプライトのペットボトルをゴミ箱に放った。ペコっと間抜けな音がした。
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