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「あ……わりぃ」
バイブ音と共に、申し訳なさそうにポケットからスマホを取り出した。
「どうぞどうぞ。じゃあね」
笑顔で手を振ってみせた。ぎこちなくはなかったはず。多分、うん。
「あ、平岡、またね」
片手でごめんと謝りながら、神垣くんはコーヒーを左手に持って席を立った。
「はい、お疲れ様です……はい……」
通話しながらカフェを後にした。久しぶりに聞いた彼の声は、自動ドアが閉まると同時に聞こえなくなった。制服からスーツになった背中を感慨深く思いながら、そして目線をカップに戻した。
――またね。
と言った彼の真意は分からない。ただ単に別れ間際の決まり文句なだけかもしれない。きっと深い意味はない。
また会うかどうかも分からないのに「またね」と言える神垣くんと、もう会うこともないのに「またね」とは言えない私。
甘いカフェラテを口に含んでは、高校生の自分が脳内でにやけている。神垣くんに話しかけられて、若かったあの頃の記憶が一気によみがえってきた。嬉しい反面、あの目がたまらなく怖かった。
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