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「おい!頼むから面倒事を起こすなよ!」
宿の2階から声が降ってくる。
もはや出掛けの挨拶となっている恒例の言葉を、飽きもせず本気で言ってくる。
あいつがそう言ったからといって何かが変わった事などないのに、ほんとに気苦労を作り出すのが好きな奴だ。悩まなくていい事で悩み、その分上手くいかないと大いに打ちのめされる。まあ、見てるこっちは面白いのだが。
しかし、自分の前に出て行った、同じ位変わった奴には何にも言わないのは何故だ?
まったくもって失礼な奴だな
さてと…
しばらくその辺の建物やら、行き交う人々を観察する。どこもそうだが、宿の周りには様々な店が並び活気に満ちている。
少し歩き出してみると、宿の斜め向かい側にある店に目が止まる。近づいてみると、まだ少女と呼ばれる程の歳の子が店番をしていた。店先には様々な紐や糸やガラス玉が並べられている。どれも綺麗で、様々な色をしており、店先いっぱいに広げられた光景はとても綺麗だ。
たまに「あら~」と立ち止まる者もいるが、商品を買う者はいない。
それらを使って何かを作る余裕のある者がこんな市場には来ないだろうし、その余裕のある者が買うにしては陳腐な物だ。
だが、重要なのはそこではない
店先へ近づくと、
「あ…い…いらっしゃいませ。…あの…お1ついかがですか?」
まるでいらっしゃいとは程遠い、怯えたような表情で声をかてけくる。
「う~ん…」
腕を組みしばらく考える
……!!!閃いた!
「っ」
「おい!何を考えている!」
すぐさま閃きを実行する為、その少女に話しかけようとした瞬間に邪魔が入る。
まるでお目付け役かのように、いつも近くで見張っていて、楽しい事を思い付いた瞬間、何故かそれを察知してはこうして止めにくるのだ。
無駄だけど
「へっへ~。すっごく楽しいこと!」
男の刻み込まれた眉間の皺が更に深くなる。
「やめておけ。お前がそういう顔をしている時は、大概俺達か周りの者にとって何かしらの面倒が起きる」
眉間だけじゃなく、きっとこいつの頭の中はしわっしわに違いない。
「んなもん知るか」
そう言って少女を見ると、先程までとは違う、明らかな恐怖の顔をしている。その目線の先は…
ああ、そうか
「おい、お前ちょっと離れてろ。ほら、泣き出しそうだぞ」
この、私には面白い男にしか見えない奴を見ると、大概の子供達は泣き出すのだ。それを見て困った顔をするこいつを見るのもまた面白いんだが。
「…ちっ」
今にも涙が溢れ出そうな少女を前に、大人しく定位置に戻る。どうせ何も出来ないのなら宿に戻るなり、自分の好きな物でも見に行けばいいのに、ほんとに面白い奴だ。
「ああ、ほら、あいつは離れたから大丈夫だぞ?あいつはあんな顔だが、別に取って食ったりはしないぞ?」
少し大げさに少女を宥めてやる。
振り返らなくてもわかる、あいつの苦々しい顔を想像するだけで笑える。
ちらりと男の方を見て確認した幼い店主が聞いてくる。
「あの、どのような物をお探しですか?」
満面の笑みで答える。
「この店先にある物全部だ」
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