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正しさとは何か、悪しきとは——
善悪の答えの無い世界で人は己が信じる正解をどこまで通せるのか、意思の嵐は強く荒れ心に刻まれた一本の意を曲げんとする。
それでも、彼らは身体に刺さった過去の遺志を抱え嵐を進む——ただ、肯定する為に ただ、価値を見出す為に——
その為なら立ち塞がる全てを相手にすることになろうと、たとえ相手が神であろうと剣を突き刺すのだろうか……
——正しいと信じて——
プロローグ
2023年、元アメリカ合衆国カンザス州 二人の科学者の反物質を探究する研究は電気、地熱、太陽、核、全てのエネルギーを打って変わる新しい供給源になり資源枯渇問題を解決し人間に高テクノロジーの新時代を約束するハズだった……あの日が来るまでは。
運命とは残酷なまでに皮肉好きであり全盛期を進んでいた研究はたった一つの実験の失敗で対消滅を引き起こし研究所を含む数千キロ周辺と何万人もの命を巻き込む爆発を引き起こした。
被害はそこに留まらず開いた裂け目から絶望が恐怖が侵入したのだった。それらは夢から飛び出た悪夢とも、童話の化物とも、神話に語られる怪物とも例えられ人は——虚獣 ボイドと呼んだ。
しかし、絶望の縁には希望が存在し裂け目から脅威のみならず人間への恩恵ももたらされた。
そして、脅威を退いた人は力に酔いしれ恩恵と共に新たな戦いへと出向くのだった人と人の戦いへ
2050年
塹壕の向こう、けたたましい爆破音や銃声が飛び交っている。何ミリもの厚い土に隔たれても兵士達の悲惨な叫び声や生々しい肉の飛び散る音が鼻を突き裂くまでの血に染みた薬莢の匂いが透き通り襲い来る。
戦場に居るには場違い過ぎる程に幼い少女は勇気を振り絞り塹壕の向こうを除く。
そして、除いた事をすぐさま後悔する事となった。
銃弾の雨が絶え間なく放たれ次々と兵士達の命を刈り取る。敵兵に囲まれ蜂の巣にされる民兵、頭部が開き飛び散った中身を探す民兵、仲間の腸を必死に戻そうとする敵兵、命乞いをするも無惨に殺される敵兵。
皆が同じ兵士にも関わらず全員が悪魔の形相で敵と呼ぶ相手の命を指一つで奪い去る。そこに追い討ちをかける様に砂塵の中に潜む怪物が意図も容易く一薙ぎで十数もの命を散らせる。無差別に殺戮を繰り広げる怪物を両陣は敵対しつつも立ち向かい返り討ちに遭う。囮になった兵士が創った隙に後方から重機関銃で応戦され怪物は怯むも突進で機関銃ごと兵士を肉塊に変える。
怪物もといボイドは咆哮を上げ殺戮を続ける。兵士が殺戮を続ける様に。
——そこはまさに地獄だった。少女は弾かれる様に走り出し出来るだけ地獄から離れる。少しでも——
少女は縮こまり外の地獄を聞かないよう必死にで耳を塞ぎ見ない為に瞼を全力で閉める。悲惨な現実から目を背け続ければいつか全てが終わると願って。
私には関係ないッ。私のせいではないッ。だから、呼ばないでッ私に期待しないでくださいッ。
——民兵達の助けを呼ぶ悲鳴——
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいッ。無理です。私には無理です。許して、お願い。どうか許してください。
「あああぁぁぁッ!!」
隣から絶叫が聞こえ少女は小さな悲鳴を上げて体を引きずって後退させる。
民兵が二人係で仲間を肩に乗せて安全地帯まで運んでいました。土気色に顔が染まっている二人は更に酷い顔をしている仲間を丁寧に下す。
「大丈夫だ!お前はまだ助かるッ俺が見捨てない!だから、諦めんなッ!」
と、語りかけるも帰って来るのは苦悶の悲鳴でした。よく見れば彼の身体に残されたのは左腕と頭部を繋ぎ止める胴だけ。胴と繋がっているはずの残りの四肢は無く付け根から応急処置されていました。
そして、その付け根から恐ろしい数列の模様が広がり始める。
それを見た兵は涙を流し始めダメだ、ダメだと頭を横に振る。
「彼はもう助からない。処置するしかない」運ぶのを手伝った上官は冷酷な声で兵を悟す。
兵は歯を食い縛りホルスターから拳銃を抜く。立ち上がり倒れている仲間に震える銃口を向ける。
永遠に近い時間を引き金に指を掛けていた兵はついに絶叫を発して硬い引き金を引く。眉間を射抜かれた仲間は糸が切れた様に崩れ落ち二度と悲鳴を上げることは無かった。
民兵の足からも力が抜け「すまない」と涙を流す。
その光景を目の当たりにした少女は胃からの逆流を堪えられずその場で嘔吐する。
「駄目だ。これでは怪物になってしまう。しっかり処理するんだ」
上官は冷酷な声でそう言うと物言わぬ死体に掌を向け光弾を放つ。追い討ちを掛けられた死体は無数の光になって霧散すると収束を始め握り拳程の結晶に姿を変貌する。力ある少女はただ見る事しかしなかった。
男はもう埋葬される事は無い家族に見送られる事も墓を見舞われる事も決して無い。このまま、資源として使われるだけの物になったのだった。
「何見てんだ……」
向けられた声に少女はビクッと跳ねてしまい反射的に自身の膝と嘔吐に覆い被さり目を合わせない事に必死に努める。
その動作は更に民兵の逆鱗に触れたのか顔に怒りを露わにして少女へと無気力な脚を引っ張る。
「お前さえ戦っていれば……お前さえ戦場に居れば誰も死なずに済んだのにッ。何しに着たんだよ?なぁ、答えろよッ無意味に死ぬ俺らを見るのがそんなに楽しいのか?なぁ!答えろよガキッ!それすら出来ねぇのかよ!!おいッ!!」
「その辺にしろ」
上官は彼の肩に手を乗せ少女に近づく彼を止める。そして、冷徹な視線で少女を見つめ吐き捨てる——
「期待した俺達が悪い」
民兵は納得したのか「ああ、期待外れだ」と呟き戦場へと戻る。
場には一人残された少女とその頭で木霊し続ける吐き捨てられた言葉だけでした。
行かないと。
——戦線を越えたら命の保障が無い。死ぬのが、怖い。
皆んなが私を待ってる。私が行かないと私にしか出来ない事があるッ。
——一歩でも踏み出せば山の如く積み上がった屍と同じ末路。忘れられゴミの様に踏まれ腐るだけ、イヤだ怖い。
私は期待されている戦況を変えられると。だから、動いて!震えないで!頑張るから捨てないで!
——向かったとして果たして私には殺せるのか?そう難しくない敵の胸か頭に銃弾で穴を空けるだけ、動かなくなるまで攻撃するだけ簡単でしょ?私にも出来る筈よ。
……………………………………恐い。恐い恐い恐い
「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさいごめん——」
その時、小さな手に胸ぐらを掴まれ乱暴に持ち上げられる。唐突にかち上げられた少女は嘔吐物や涙に汚れた顔を目の前の小さな少年に無様に晒される。
その藍色の双眸は暗い深海の様で何を考えているのか分からない。失望しているのか怒っているのか、溺れる瞳を見つめても答えが無い。
「いつまで泣きじゃくってんだ。ここにいる以上、選択しろ。何もしないまま殺されるか、殺した屍の上を歩いて生きるか?さっさと覚悟を決めて遂行しろ」
チリリンチリリンチリリン
瞼が跳ね上がり覚醒する。
一 Awakening from the problem
2057年朝6:00
反射的に激しく上半身を起こした少女は気づけば成人に戻っていた。息は荒く状況を掴めない彼女は左右に頭を動かし今、居る場所を確認する。
幸いにもそこはホテルの一室で彼女もベットの上に居る。安堵の息が漏れ胸をさする。
「夢……?うんん、あれは過去…」
悪夢として現れた過去。余りも鮮明だったそれは一瞬、感覚を疑わせた。
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