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闘病中の香澄に会ったのは、共通の友人を通してだった。
「初めまして、永瀬浩二です」
名乗りはしたが、明らかに迷惑だという顔を隠そうとしない相手に驚く。
友人から『控えめで気遣いができる』と聞いていたが、煙たそうな表情は重たい病がそうさせているのだろう。
頑なに心を閉ざしているのが、手に取るように分かる。
乳がんという、女性の尊厳を奪いかねない病と闘っているんだ。
いきなり訪ねてきた得体の知れない男を拒絶するのも仕方がない。
ただ、俺にとってはそれは見慣れた光景でもあった。
だから一つだけ、どうしても伝えたいと口を開く。
「実は、自分も大切なひとを癌で亡くして」
そう告げると、今度ははっきりと目が合う。
おとなしめの顔立ちだが、切れ長の瞳がとても印象的だ。
今は光を失っているが、もし輝きを取り戻すことができたらどうだろう?
俺がその力になれるとしたら?
いや、是非なりたい。
でもなるべくなら、病気の話はしないほうがいい。
友人の助言を参考にしながら、焦らずゆっくりと香澄に接していく。
やがて、ほんの少しずつだが、固く閉ざされていた心の扉が開いていくのが分かった。それでも一気に距離を詰めるのではなく、あくまで時間をかけて。
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