1720人が本棚に入れています
本棚に追加
俺は、この瞬間を待ち侘びていた。
沈静化した病魔が再び暴れ出し、香澄の命を蝕むその時を。
それまでは、妻を愛する完璧な夫を演じる必要があったんだ。
なによりも香澄の健康を最優先し、労わり、暖かく守り抜く。分かりやすい愛情表現で周囲にアピールをする。
病弱のパートナーを伴侶に迎え、身も心も尽くして支えているのだと。
誰の目から見ても、優しくて思いやりに溢れていなければならない。
そうすればまさか、実は死が訪れることを心の底から望んでいるとは、誰も思わないだろう。
俺の目に、永瀬香澄は人として写ってはいなかった。
いつか死にゆく、金のなる木。
だからこそ、俺は香澄を愛してる。
それはもう、体の芯から。
ようやく、2年間の『辛抱』が報われる時がきたんだ。
下らない、俺にとってはどうでもいい結婚生活。
やっと、終わりを迎えることができる。
軽やかに車を走らせていると、自然と鼻歌が混ざっていた。
マンションの駐車場に着くとかかってきた電話は、まるで終焉を予期しているかのようで。
「…願いが叶った」
そう呟くと、相手が何かを捲し立てているが、ふと込み上げてくるものがあった。
フッとしたものは、やがてクククッと形を変え、そして堪えきれなくなって笑い上げる。
抑えようとすればするほど、笑えてきてしまうではないか。
すると何かを察したのか、女の声が俺に愛を乞う。
「もちろん、俺も愛してるって」
最初のコメントを投稿しよう!