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「香澄っ!」
帰ってきた妻を出迎えると、真っ青な顔をしている。
まるで、行き場を失った亡霊のようだ。
本当に、今すぐにでも死ぬんじゃないか?
胸の高鳴りを悟られないよう、大きく顔を歪めて問う。
「検診で何か言われたのか?」
「検診…?」
俺の顔をぼんやりと見つめる香澄は、やっぱり様子がおかしい。
ゴクリと唾を飲み込み、妻の肩を掴んで力を込める。
「香澄、ちゃんと話してくれ」
「…転移」
「えっ?」
「肺に…転移してるって」
言い終わったと同時に、その目から涙がこぼれ落ちていく。
「そんなっ…」
わなわなと手が震えるのは、ずっと支えてきた夫の演技が抜け切らないからか?
それとも、望みが叶ったことに対する喜びか?
「他に何を言われたんだ?これからどうするって?」
「それは…」
「俺も話を聞きに行くよ。夫なんだから、これまで通り香澄のことを支えていく」
力強く励ますと、香澄はまた俺の顔を食い入るように見つめる。
なにかの答えを探しているような眼差しは、すぐにフッとそれていく。
「ごめん。ちょっと疲れたから」
「あぁ、そうだな。また話そう。俺に何かしてほしいこと、できることは?」
「今は…一人にして」
「分かった」
寝室に向かう背中が見えなくなるまで、俺はその場に佇んでいた。
悲しみを顔に貼りつかせたまま。
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