スキとキライを追いかけて

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 あのトラックとかいう大きな怪物にぶつけられたらきっと痛いのだろうな、と思う。早く逃げなきゃ。そう思うのに体が動いてくれない。そうだ、ボール。ボールも避難させなければ。いや、でも、今はそんな場合じゃ。 「まる!!」  体に、衝撃が走った。気づけばぼくちんは、人の腕にしっかりと抱き寄せられている。 「おいてめえ、あぶねえだろうが!」  遠くで、トラックとかいう怪物の中から人が怒鳴っているのが聞こえた。すみません、とぼくちんを抱き寄せた人物が謝りながら立ち上がる。  どうして、とぼくちんは思った。彼の顔を見上げ、そして足元を見る。  ぼくちんをしっかり抱き寄せた翔琉は、顔や服が土で汚れてしまっていた。しかも、靴を履いていない。靴下のまま、家から飛び出してきたのだ――ぼくちんを、助けるために。 「なん、で」  どうせ、人間にぼくちんの言葉なんてわからない。そうは知っていても尋ねずにはいられなかった。 「なんで、追いかけてきてくれた、の?ぼくちんのこと、嫌いなんじゃないの?」  翔琉はぼくちんの問いには答えなかった。ただ、泣きそうな顔で、ひたすらトラックの運転手さんに謝り続けていたのだった。 「先住猫がおったんじゃ、数年前までな」  この後。植え込みにすっ飛んでいったボールを回収し、ぼくちんたちは家へと戻ってきた。砂まみれ土まみれになってしまった翔琉少年がシャワーを浴びにいったところで、カンタロウが真実を教えてくれたのである。 「翔琉殿は、その先住猫を一番かわいがっておってのお。でも、その猫が事故で死んでしまって。……それから、もう二度と猫は飼うまいと思ったようじゃ。おぬしと極端に距離を取ったのも……もう、大事なものを増やしたくなかったからじゃろうて。大切になればなるほど、離れた時の苦しみは大きくなる。儂らはどうあがいても、人間より長生きすることなどないからの」 「……不器用すぎるじゃん」  ぼくちんは、丁寧に拭いてもらった前足の肉球を舐めながら言う。 「仕方ないから、今度はぼくちんがあいつを追いかけてやろうかな。嫌になるくらいに。ざまあみろ」  素直に好きだと言わないあいつが悪いのだ、と翔琉が入っているシャワー室の前へと歩いていく。  まずはドアの前に飛び出して驚かせてやろうと決める。  例え永遠に一緒にいられなくても――別れる時が来るとしても。傍にいる時間はきっと、かけがえのないものになるはずなのだから。
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