一重まぶたの私。

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「え? ウソついたの? どうして……」 「どうしてって、口実が欲しかったから?」 なんだ。その疑問系は。 静かな廊下。窓からは爽やかな風が舞い込んだ。そう、それはまるで柳くんのように爽やかな――……。 束の間、目を奪われてしまうなんて本当に不覚だった。 端正なその顔立ちは女の子たちも羨むほどで。 くっきりとした幅のある二重まぶた、高く通った鼻筋、形のキレイな薄い唇。 初めて正面から見たとき、私はきっと1秒も彼のことを見れていなかったと思う。あまりにキレイな顔立ちでその目に自分が映ることが恥ずかしくなって、すぐに俯いてしまったのだ。 私が彼を苦手な理由、それは彼のその見た目だった。 「――三野さんって、俺のこと嫌いでしょ?」 「!」 同じクラスでありながら、ほとんど話したことがない人からの突然の図星。 私の沈黙は肯定しているも同然だった。 「理由、聞いてもいい?」 話しかけられていてもやっぱり顔が……目が見れなくて、だけど彼を傷つけていることは話し方、この空気でなんとなく察してしまう。 これは私の劣等感のせいで彼を勝手に敬遠していただけのことで、だから彼が悪いことなんて本当はひとつもないのに。 本当の理由を話すということは、自分の中にあるこの劣等感を見ず知らずのクラスメイトに曝け出してしまうようなもの。 天秤に掛けてみてもその答えはとうに出ているはずなのに、どうして私は――……。 「柳くんがあまりにキレイな二重だから……」 どうして、こんなことを言ってしまったのだろうか。おかげでますます彼の顔が見れなくなってしまった。 だけど、彼からの反応は何もなくて不安になった私はつい顔を上げてしまった。その瞬間、何か見てはいけないものを見てしまったかのような不思議な罪悪感が胸を掠めた。 「ごめん……変な理由で」 「ううん、謝らないで。理由は全然予想外だったけど……なんていうか三野さんは二重が嫌いってことなのかな?」 私がずっと抱えていた劣等感で、みんなが当たり前に憧れているあなたのような二重なのに。 彼にはそれがまるでなかった。 赤っ恥覚悟で告白した私のコンプレックスを彼は未だに理解できず、腑に落ちない顔をしながらもひとりで納得しようとしている。その姿がなんだか可笑しくて、私は気付けば吹き出していた。 「ふっ……ふふ、あははは」 「え? なに? 俺なんか変だった?」 「ううん、むしろその反対。いい意味」 お腹を抱えて笑うなんていつ振りだろう。しかも男の子の前でこんなに自然体に。 目尻の涙を拭い目を開ければ、不意に柳くんと目があってしまった。咄嗟に見られていたのだと悟り、私はまた俯いてしまった。 「やっぱりもったいないよ、三野さん」 「え?」 「すぐ俯くクセ」 「っ……」 「笑うとすごくかわいいのに」 「な、ないない! そんなこと全然ないから。それなら私の友達の方がよっぽどかわいいし……」 「友達っていつも一緒にいる、あの4人?」 「そうだよ。みんな美人でしょ? この間もなんか先輩から告白されていたみたいだし。接点のない人から告白されるって、すごいよね。まあ、その子はカレシがいるから断っていたけど」 つらつらと友人の自慢話をしてしまった自覚はあったが、隣の柳くんは何だか興味なさげな反応を見せていた。 「三野さんは友達のこと、好きなんだね」 「うん、みんな大好き。なんかこんな風に話すのは少し照れくさいけど、私の憧れっていうのかな……」 「三野さんはみんなみたいになりたいの?」 「みんなみたいっていうか……やっぱりかわいくなりたいな、とは思う」 なんだ、この会話。苦手だった男の子と自分の恥ずかしいコンプレックスについて語っている。なんとも奇妙な構図……。 なんだかソワソワして落ち着かない。 それにそろそろ委員会の教室へ向かった方がいい気がするのだけど。 ちらり、と横目で伺えば彼とまた目があってしまった。 「――俺は、やだな」 「へ? なんのこと?」 「三野さんがこれ以上かわいくなるの」 「や、やだな……! 柳くん、何言ってるの? それよりも早く委員会に行かないと――……」 ダメだ。これ以上、その目で見られてしまうと私、きっと逃げられなくなってしまう……。 速くなる鼓動に気づかれたくなくて、私は彼に背を向け歩き出した。 「――三野さんはそのままでいてよ」 「っ……」 だけど、逃げたいその足はすぐに止まってしまって。 動けばその鼓動が足にまで響いてしまいそうで怖くて動けなかった。 「俺、三野さんに嫌われてるのわかってたけど、それでも仲良くなりたくて、同じ委員会に入ったんだ」 「……」 「クラスではやっぱり全然話せないし、せめて委員会のある日は少しでも話せたらっていつも声かけてた。……三野さんは嫌だったかもしれないけど」 ああ、まただ。柳くんを傷つけている。顔を見ていないのにわかる。 嫌だったわけでも、嫌いなわけでもない。でも私の態度は間違いなく彼を傷つけていた。 どうして? どうして柳くんは私が素っ気なくすると傷つくの? どうして、私と仲良くしたいと思ってくれるの? 私は知っているんだよ。 柳くんがクラス以外にも美人で仲のいい女友達がたくさんいるってこと。そして時々私たちのグループを見ていることも。 私以外の4人はみんな美人だからきっとまた自分以外の誰かのことを見ているんだろうなって、心のどこかでそう思っていたのに。 「柳くんは変わり者だね。私と仲良くしたいだなんて」 「そうかな? それはどうもありがとう」 「え、褒めてないんだけど……」 「だって“みんなと同じ”なんて、つまんないでしょ。真似し合って、せっかくの個性をなんでわざわざ消すの? って俺は思う。 だから三野さんはいつも自然体でいいなって、俺は思ってたよ」 やっぱりダメだ。どう転んだって柳くんは同じところへ戻ってきてしまう。私が目を伏せたいだけの事実へ、いとも簡単に戻ってきてしまう。 「三野さんはそうは思っていないかもしれないけど、俺は三野さんのことかわいいって思ってる」 ま、また、かわいいって言った。 こんなの異性から言われたことなんて親戚以外ないのに。しかもこんな私の憧れをこれ見よがしに持っている人に。まあ当の本人はそんな自覚、全然ないんだろうけど……。 「やっぱり……柳くんは変わってる」 「俺にとってそれは褒め言葉だけどね。でもそうだな。三野さん的に言うと、無い物ねだりって言うとわかってもらえる?」 「無い物ねだり……?」 でもそれって“基本的にあるといい”と思われる価値のあるもので、一重にそれは当てはまらないような気がするのだけど。 「はは、三野さんってばわかりやすい。納得していないね」 「それはまあ……」 頑固なコンプレックスなもので。わかってもらえるなんて思ってもいないし、これからずっと付き合っていくつもりだから。 「俺は――……」 「?」 「好きだよ。三野さんのこと」 「は、はい?! なに、突然……」 「だって納得していないから」 「だからって藪から棒に……。 あー、わかった。あれでしょ? 俗に言う、美人は3日で飽きるけど……って言うやつ」 あーはいはい、とあしらうように言えば柳くんは突然私の行く手を阻んだ。 「――だったら試してみる?」 え……それってどういう……。 「あ、やば、そろそろ委員会の時間だ。三野さん、走ろう」 「え、あ、ちょっと待ってよ、柳くん――!」
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