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デキない彼女。
「あー、やっぱりここにいた」
「レナ?」
「家に行ってもルイ、居なかったんだもん。だからここかなって思って」
「なに……もしかして、またダメだったの?」
「またって何よ! 私はいつだって真剣なんだから……。遊びだったことなんて一度もないのルイだって知っているでしょ? いつもこれが最後なんだって、この人なんだってそう思って付き合ってるんだから。特定の人も作らずにふらふらしているルイとは一緒にしないでよね」
これはこれは、相当大荒れのご様子で。
僕のお気に入りのバーにまで押し掛けてきて、彼女はフラレた傷心からひどく息を巻いていた。
ここは所謂オーセンティックバーで、ほとんどの客が皆ひとりで好みの酒を優雅に嗜んでいる。僕もそのうちの一人だった。店内に流れる曲もその雰囲気を損なわせない抑揚のない曲調で、延々と聴いていられる心地の良いものだ。
時の流れを忘れさせてくれるこの空間は僕にとって特別な場所だった。
それが弱ったな。彼女の登場によって、急遽現実世界へ引き戻されてしまった。今日は幸い客入は少ないが、この荒れ方では早く退散するのが店にとっても僕にとっても良さそうだ。
僕の隣に腰掛け、既にバックバーを眺めながら嗜む酒……いや自棄酒を物色する傷心の彼女。
僕はバーテンダーに会計を頼むとおもむろに席を立った。
「あれ? ルイもう帰るの?」
「そろそろ閉店だからね。それにレナのその話、長くなりそうだし」
「う……否定はできませんが」
「なら、行くよ。マスター、ご馳走さま」
夜風は思いのほか冷たくて身体が強張った。
そのあと遅れてドアベルが鳴り、彼女が出たことを耳で確認すると僕は歩き出した。見上げた空には立派な満月が輝いていて、街灯なんて必要ないほど夜道は明るかった。
ここから僕の家までは徒歩で10分ほど。だから例え閉店まで飲んだとしても安心して家に帰ることができた。
裏路地にある看板もメニューもないこの店は、まるで本物の秘密基地のような佇まいで、唯一目印となるそのランタンは夜闇を照らすには少し頼りのないキャンドルのような灯火だった。
それは何だか僕の心をイタズラに灯すキミのようで、僕の足は吸い寄せられるようにして自然とそこへ赴いたんだ。
入った瞬間、一目で気に入った。日常の喧騒から離れひとり物思いに更けられる。落ち着くBGMに揺られ好きなだけ浸って酔いしれて、最高じゃないか。
それがどうしてこうなったか。
「あーん……やっぱり私には普通の恋愛はできないのかなあ……」
まるで実家のような大胆な寛ぎ方で缶チューハイを片手にすでに過去と成り果てた恋愛を嘆く、僕の旧友。
その始まりは中学生時代にまで遡るが、腐れ縁というのか高校も大学もずっと同じで、社会人になった今でもこうして交友関係は続いている。
いや、交友関係なんて言うと聞こえはいいが、要するに掃き溜めの役割だと僕は思っている。
昔から恋多き彼女は言い寄られれば誰にでもついて行って、すぐにのめり込んでしまう。所謂恋愛体質というやつだった。
それも毎度毎度、運命だとかなんとか言って。呆れを通り越して、もはや謎めいた尊敬に近い感情さえ抱いていた。
だけどいつも同じ理由でフラレて戻ってきてしまうんだ。だから今回もまたそんなことだろうと思っていた。
「ルイは何飲んでるの?」
「ん、今日はスコッチにした。レナも飲む?」
「ゔ……匂いがもうすごい……これの何が美味しいの? 缶チューハイの方がよっぽどわかりやすくていいや」
「だろうね」
複雑なことは嫌い、駆け引きなんて全くできない。いつも目の前のことに全力投球で、人を疑わず信じて止まない。そんな純粋な彼女らしい考えだと僕は失笑した。
別に飲むわけでもない僕のロックグラスをカラカラと傾け、どこを見ているのか彼女の心はここに非ずだった。
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