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「――また、浮気されちゃったの」
「うん」
「いつも言ってるかもしれないけど……今回はホントにイイ人だと思ったんだ。友達からの紹介だったし、私のコンプレックスを打ち明けても嫌な顔ひとつせず、私のペースでやってこうって言ってくれて……本当に嬉しかったの」
「うん」
「それなのに、やっぱりいざ本番ってなると痛くて怖くて全然デキなくて……」
「うん」
「色々頑張ってはみたんだけど……そのうち彼の方もどんどん自信をなくしていって、なんだか私も申し訳なくなってきちゃって……」
「結果、浮気をされるという同じ結末を迎えた、と」
「う……ハイ、そうです」
だけど、きっと寂しがり屋の彼女のことだ。また懲りずに次の相手を見つけてくるのだろう。昔からそうだったように。
寂しさを、失恋の傷を埋めるようにしてまた新しい恋を見つけに行くのだろう。
彼女がそれでいいのなら、僕はこの先も特に何も言うつもりはなかった。
友人として、彼女が一喜一憂する姿を横目に大好きなお酒を嗜む。それだけで十分なはずだった。
だけど、どうだろう。人生ってやつはなかなか上手くいかないものらしい。特にここ最近は落ち込んで涙する姿をよく見ていた。だからかな。僕の方もそろそろ限界を迎えそうだった。
ずっと傍観者でいるつもりだったのに。
そんなに傷ついてる姿を毎度毎度見せられると、さすがに傍観者も黙っていられない。
僕は薄くなり始めたスコッチを一気に煽ると彼女に言った。
「もうやめたら? 知らない人と付き合うの」
「え……?」
「レナはさ、いつもコンパとか紹介とか、知らない人たちと出会ってるでしょ」
「うん。まあ、そうだね」
「だから、今度は反対に知ってる人と付き合ってみるっていうのはどうなの? 試しにさ」
「知ってる人って……友達ってこと?」
「まあ、広義ではそうなるのかな」
おっと、いけない。スコッチが空になっていたんだった。僕は立ち上がるとキッチンへと向かった。まだ十分な大きさはあったが、溶けて歪な形になった氷を僕は容赦なくシンクへ捨てた。だってもう用無しだろ、こんな過ぎたものは。
「でもそれってさあ……もしダメになったらもう友達ですらいられなくなっちゃうってことだよね」
それはおおよそ予想した通りの答えだった。
彼女はダメになったらと言うが、それは男側がレナのことを放棄することと同義だ。
嫌になって呆れられて捨てられたら……彼女はそう思っているんだろう。だから――。
「それなら心配ないんじゃない?」
「え? どういうこと?」
「レナの古くからの付き合いで、トラウマかコンプレックスかなんか知らないけど、そんな事情も赤裸々に知っていて、かつ周囲もみんな認めるほどの美少年――こんな適任は他にいないんじゃない」
「…………」
「なに、その目は」
「なに、自分で美少年なんて言ってるのよ……」
「だってその昔、友達になりたいって猛アピールしてきたのはどこの誰だったっけ?」
「それは……ルイがハーフで当時ものすごく目立っていたから仕方のないことでしょ?」
きまり悪いのかふい、とそっぽを向いてしまった。
そんな姿さえも愛しくてついお酒を多く煽ってしまった。
こんな提案するつもりなんてなかったのにな。だってありきたりで卑怯で反吐が出そうになる。
なにが、やめたらだ。
なにが、試しに付き合ってみるだ。
面と向かって告白する勇気さえ持てなくて、それなのに未だにこの思いを捨てきれずにいる。どうしようもないヘタレだっていうのに。
だから本当は彼女が望む形で望む相手と幸せになるべきなんだ。
「ルイは……」
「ん?」
「ルイはそれでいいの?
私は……ルイの言うとおり、誰かと付き合うのはもうやめようって今回の一件で改めて思ったの。だってこんなに全部、上手くいかないことってある? なんかもう自分が嫌いになりそうで……。
だからもし、ルイともダメになってしまったら私、ホントに……」
「レナ、さっきの話もう忘れてる。それなら心配ないって言ったけど」
「あ……えと、美少年ってやつ?」
「違う。そこじゃない」
珍しくあたふたして、こっちまで調子が狂いそうだ。いやこの際狂ってしまった方が良いのか。
でないとこんなバカげた提案なんてできない。
「あのさ、ルイ……私、ホントに今の今までデキたことがなくて……」
「知ってる」
「つまりその、生娘というやつで……」
「うん、知ってる」
「だ、だからっ……きっとルイが思っている以上に迷惑かけちゃう気がして……」
「なに、レナの言う迷惑って。セックスができないこと? だったらその前提からして間違ってない?」
「え、間違ってるの……?」
この女……デキないことに執着し過ぎてもはや肝心なことを忘れていないか。これじゃ、本末転倒もいいところだ。
セックスはゴールじゃない。
ニコラシカと言う作品にアブサンを仕込ませキャンドルへとアレンジができるように、それは所詮人生を豊かにするスパイスのような役割だ。
ニコラシカだってそのままで十二分に美味しい。それを贅沢にキャンドルにしスモーキーさを加えることで、また別の味わいを楽しめる。だけど、それは特別なときだけでいい。何もいつも必ず欲しいわけではない。
だからつまり、月並みだけど……要はいちばん大事なのは心なんじゃないの? レナ。
キミが今までデキなかったのは自分のせいだとかカラダの相性だとかそういうこと以前に、そこに心がなかったからなんじゃないの?
僕だって知りたい。好きな人と心を通わせてするセックスがどんなものなのか。教えてほしい。だから――。
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