二十三話

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二十三話

『明日の晩、オービニエ家で夜会が開かれる。そこであの二人は会う約束をしている』 ルーカスはそれだけ言って大人しく帰って行った。その夜セシリアはルーカスの言葉が気になり、ベッドに入っても中々寝付けなかった。 ヴァルタルが夜会に参加するなんて聞いていない。本当に彼は明日、夜会に来るのだろうか。 セシリアは起き上がり、鏡台の上の封書を手にする。ルーカスから半ば強引に渡された夜会の招待状だ。ヴァルタルを信じている。だが、ベアトリスは魅力的な女性だ。男性なら彼女から言い寄られて嫌な気になる人はいないだろう。 「オービニエ家……」 ヴァルタルと一夜を共にした夜も、オービニエ侯爵家で開かれた夜会に参加していた。婚約破棄され傷心し酔ったセシリアに手を差し出してきた彼。気が付いたら朝で、彼とベッドで眠っていた。彼はずっと好きだったと言ってくれたが、よくよく考えて見れば手慣れていた様にも思えてくる。もしかしたら、あんな風に女性と一夜を過ごすのは初めてではなかったのかも知れない。 じゃあ、彼の話していた事は全て嘘? こんな風にヴァルタルを疑ってしまう自分が嫌いだ。こんなにも不安になり彼を信じきれないのはきっと、始まりが不純だから……。 「確かめなくちゃ」 彼を信じる為にも、セシリアは明日の夜会に参加する事を決めた。 翌日の夕刻。セシリアは夜会への準備を済ませて、馬車に乗り込む。ヴァルタルやベアトリスに出会さない様に、少し遅れて屋敷を出た。不安を抱えながら、程なくしてオービニエ家の屋敷に到着をする。馬車を降りると、待ち構えていた様にルーカスが現れた。 「来ると思った。さあ、行こうか」 「……」 差し出されたルーカスの手をセシリアは取らずに歩き出すと、彼は苦笑しながらも付いてくる。正直言って図太いと思う。ヴァルタルとベアトリスがどうあれ、セシリアはルーカスを赦した訳ではない。彼の浮気や婚約破棄の件と二人の事は別物だ。 セシリアは広間に入ると窓際に寄り、なるべく目立たない場所に移動した。そしてヴァルタルとベアトリスを探す。すると男性と談笑するベアトリスの姿を見つけた。だが相手はヴァルタルではなかった。その事に酷く安堵するも束の間、少し離れた場所にヴァルタルの姿を見つけてしまった。瞬間、心臓が大きく跳ねる。急に喉が渇き、身体中に嫌な汗が伝うのを感じた。呆然と彼を眺めていると、暫くしてヴァルタルはベアトリスに近付いて行き何かを耳打ちして、二人で広間から出て行ってしまった。頭が真っ白になり、身体が動かない。 「セシリア、追いかけないのか」 「⁉︎」 ルーカスの声に我に返り、セシリアはフラつく足取りで二人の後を追った。 何処へ向かっているのだろう。セシリアは距離を取りながらヴァルタルとベアトリスを追いかける。薄暗い廊下を暫く歩いていると、二人はある部屋に入って行った。その様子を訝しげにセシリアが見ていると、ルーカスが口を開いた。 「あの部屋は、休憩室なんだ」 「休憩室……?」 「初心(うぶ)な君は知らないだろうが、夜会では男女が休む用の部屋が幾つか用意されているんだ。流石にここまで言えば君でも分かるだろう?子供じゃないんだ、大人の男と女がこんな時間に二人きりでする事と言えば、一つしかない」 ルーカスの言葉を受け、放心状態になりながらもセシリアは二人が入っていった部屋の扉に触れた。今この部屋の中でヴァルタルとベアトリスはベッドの上で……。開けたくない、見たくない……だが、自分の目で確かめなくてはならない。セシリアは暫くの間躊躇っていたが、意を決して震える手で扉を押す。 ゆっくりと扉を開くと、薄暗い部屋を頼りないランプの灯りが照らしていた。そしてベッドの上で抱き合う二人の姿が見えて、激しい目眩に襲われた。
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