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二十四話
「ははっ……私の言った通りだろう?」
力なく立ち尽くすセシリアの肩に手を置き耳元でルーカスがそう囁く。
「この二人は私達を裏切ったんだ。最低だと思わないか?」
「っ……」
ヴァルタル様が……そんな……。
「可哀想に、セシリア。だが君には私がついている。もう一度、私とやり直そう」
頭が真っ白になり何も考えられない。セシリアは身体から力が抜けフラつきルーカスに支えられる。だが直ぐに彼の手は離され、その所為でセシリアはバランスを崩し床に倒れそうになるが、もうどうでもいい……投げやりになりそのまま目を閉じた。しかし一向に痛みは感じない。
「穢い手で彼女に触るな」
「⁉︎」
聞き覚えのある声にゆっくりと目を開けると、ルーカスが床に転がっているのが見えた。セシリアは目を見張り、自分の身体を支えている人物を仰ぎ見た。
「大丈夫か、セシリア」
「ヴァルタル、さま……?」
何故彼が、自分を抱き留めているの……?ならベッドに居るのは……誰?
訳が分からず頭が混乱しながらも、セシリアはベッドに視線をやる。するとシーツに潜っていた二人が身体を起こした。
「もう良いかな?」
「ん、んっ~‼︎」
青年と、身体と口を縛られたベアトリスが姿を現した。青年がベアトリスの口元の布を取ると、彼女は余程苦しかったのか、勢いよく空気を吸い込んだ。
「はぁっ……ちょっと!いきなり何するの⁉︎死ぬかと思いましたわ!」
「ごめんね、苦しかったね」
申し訳なさそうに謝罪をする青年だが、言葉に反してベアトリスの拘束を解くつもりはない様子に見える。それに扱いも乱雑だ。
「でも悪い子にはこれくらいしないと……だよね?ヴァルタル」
「あぁ、そうだな。何しろ俺や彼女を陥れようとしたんだからな」
薄明かりでハッキリとは見えないが、その声色から彼がかなり怒っているのが伝わってくる。ただセシリアを抱く腕は優しくて、温かかった。
「これは一体どういう事ですか……ヴァルタル様はベアトリス様と、その……そういう間柄なのでは……」
「俺が彼女と浮気しているって?」
セシリアは躊躇いながらも、ヴァルタルの言葉に小さく頷いた。すると彼は笑いを噛み殺しているように見えた。
「ヴァルタル様?」
「あぁ、すまない。ただ俺がこんな女と浮気だなんて、おかしくてね。……虫唾が走る」
自分が言われた訳ではないのに、一瞬背筋がぞわりとする。それだけ彼の声色が冷たく響いた。
「ど、どうしてですの⁉︎セシリア様より、絶対私の方が良い女ですわ!家柄だって変わりませんし、ヴァルタル様には私の方が相応しいに決まっています‼︎私はずっとヴァルタル様に憧れていて、貴方の妻になりたかったんです‼︎」
拘束されながらも、ベアトリスは激しく身動ぎながら涙声で叫んだ。
「確かに君は社交界では才色兼備なんて言われて、持ち上げられている様だね。そう考えると世間一般的に見たら、良い女なのかも知れないな」
「流石ヴァルタル様です!やはり分かっていらっしゃいますわ」
ヴァルタルの言葉に一変して彼女は笑った。逆にセシリアは眉根を寄せて俯く。
「それで、だから何だと言うんだ?悪いが俺にとって君は、セシリアの婚約者だったルーカスの浮気相手程度の認識しか持っていない。それまで君の存在すら覚えていなかったしな」
「そんなっ……‼︎」
ショックを受けた様子の彼女は、力なくベッドに突っ伏し、嗚咽を漏らしている。意外だった。ベアトリスは、セシリアからルーカスを奪うくらい好きだったのだと思っていたのに、実はヴァルタルが好きだったなど……呆気に取られる。でもそれなら何故自分からルーカスを奪ったのだろう。彼女の意図が分からない。
「ズルいわ……ズルいっズルい‼︎貴女ばかり‼︎こんなのおかしいわ!引き立て役は引き立て役らしくいなさいよ‼︎その為に、この私が何の取り柄もなくつまらない貴女なんかを側に置いてあげていたのよ⁉︎ねぇ、今からでも遅くないわ、ルーカス様を貴女に返すから、ヴァルタル様を私に頂戴⁉︎良いでしょう⁉︎貴女だって本当は、まだルーカス様の事好きなんじゃないの⁉︎」
引き立て役……友人だと思っていたベアトリスから、本当はずっとそんな風に思われていた。怒りとか悲しいとかより、虚無感と同時に笑いが込み上げてきた。ルーカスを奪われた時、もう彼女とは友人ではないと思ったが、そもそもが友人とすら思われていなかった事が虚しくて可笑しくて仕方がない。セシリアは思わず本当に笑ってしまった。
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