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 祥太郎が十二階の見下ろす魔窟に再び足を踏み入れたのは、前回カヨに連れられてきてからおよそ一週間後の夜のことだった。  前回会った時に彼女が地図を描いて渡してくれていたのだが、これが本当に合っているのかよくわからない。祥太郎は結局散々迷いながら、どうにか目的地に到着したのだった。  彼は銘酒屋の看板を横目に店に入り、一階の座敷に腰掛けていた老婆へ呼びかける。彼女がこの店の女将であるらしい。 「女将さん」 「…………」  女将は眼鏡の奥の小さな目を光らせて、じっと祥太郎を見つめている。 「玉鈴さんに会わせてほしいんだけど」  祥太郎は女将に一円札を三枚差し出した。 「……前回も三円払っていったお客さんだね」 「ああ」 「こんなに羽振りのいいお客さんは珍しい」 「……そこまで大した金額でもないだろ」 「夜鷹なんて買うのは独り身の貧乏人ばっかりさ」 「独り身の貧乏人で悪かったな。早く会わせてくれ」 「……お客さん、玉鈴に弱みでも握られてんのかい?」 「はぁ? どうしてそうなる」  女将はなかなか金を受け取ってくれない。次第に祥太郎は苛立ちを覚えてくる。客として来て金も払おうとしているのに、どうしてそんな言い方をされなければならないのか。 「俺が来たいから来たんだ。あんたに何の不都合がある」 「不都合なんてないさ。ただ疑問に思ってね。玉鈴なんかの何がいいのかって」 「何でもいいだろ。それより彼女にちゃんと飯を食わせてやってくれ」  祥太郎は財布から更に二円を抜き出し、合計五円を机に叩きつけた。  しまった、と思うがもう遅い。どうしてこう自分は考えなしなのか。昔から何も成長していない。  けれど五円を前に女将は満足げな笑みを浮かべ、ようやく二階の座敷に通してくれた。  言われた通り待っていれば、数分のうちに襖が開いて、今日は空色の着物を身につけたカヨが部屋の中へ飛び込んでくる。 「祥太郎兄ちゃん! また来てくれた!」  軽くなった財布が気がかりだったが、彼女の小鳥のさえずりのような声を聞けばどうでもよくなった。  彼女はそのまま祥太郎の腕に抱きついてくる。 「えへへ。嬉しいなぁ。こんなに嬉しいこと生まれて初めてかもしれへん」  それは大袈裟すぎるだろうと思った。もし本当にそうであれば、彼女の人生にはあまりに嬉しいことがなさすぎる。  ……と、そこまで考えたところで、祥太郎は彼女が夜鷹だったと思い直す。羽振りのいい祥太郎を通わせるための演技だという線を、己に都合よく排除してしまっていた。  これだからあのカフェーの女給にも騙されてしまったのだ。 「……他の客にもそうやって同じことを言ってるのか?」 「なっなんでそうなるんや兄ちゃんの阿呆!」  怒らせてしまった。今のは完全に自分が悪い。つくづく己はこういう場所に向いていないと思う。  そもそもあの時カヨに着いてきたのだって、騙されたふりのつもりだったではないか。
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