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「……カヨさん、ごめん」  祥太郎はまだぷりぷりと怒っているカヨを宥めつつ、鞄から風呂敷包みを二つ取り出した。彼女はすぐに興味を示して手元を覗き込んでくる。 「……それは?」 「もう晩飯は食べたか?」  カヨはぶんぶんと首を横に振った。  祥太郎は包みをといて、中から竹の弁当箱を取り出す。蓋を開ければ、そこには握り飯や卵焼き、焼き魚、煮物など様々な料理が詰められている。 「わあああ!」  カヨは目を輝かせて身を乗り出した。 「店の残りもので悪いけど……。よかったら一緒に食べよう」 「えっええの……? うそ、こんなに、夢みたい……。というか兄ちゃんご飯屋さんやったの?」  晩飯はいつも、丈吉が店の余りを弁当にしてくれていたのだが、今日は彼に頼んで二人分を詰めてもらった。  机に向かい合って座り、手を合わせて食べ始める。  祥太郎は正面で箸を口へ運ぶカヨをじっと見つめた。この瞬間はいつまで経っても緊張する。 「……美味しい!」  目をキラキラと輝かせながら顔を上げた彼女を見て、ほっと胸を撫で下ろす。 「これ兄ちゃんが作ったん?」 「……半分ぐらいは」 「ええなぁ。ご飯屋さん。人に夢を与える素敵な商売や」  カヨは目を閉じて料理を噛み締めながら言った。 「……夢か」  祥太郎の働く一膳飯屋は、労働者階級の人々に安価な食事を提供する場であった。  ──食べることとは生きることだ。  祥太郎が店にやってきた当初から、丈吉は度々こう口にしていた。九年間店に立ち続けて、たった五銭玉一枚を握りしめて食事をしに来る人々を眺めてきた祥太郎にとっても、その言葉は強く実感できるものだった。  だから祥太郎にとって食事とは生活に根付いたもので、夢を与えていると感じたことはなかったのだが。 「うち、人と一緒にご飯食べるん久々や」  カヨは顔を上げてにこりと笑う。 「おおきに、祥太郎兄ちゃん。もう叶わへんことやと思うとったよ。こうやって誰かと一緒に美味しいご飯食べられるなんて」
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