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 料理がなくなっても賑やかな夜は終わらなかった。子供たちが寝静まった頃、近所の酒屋がどういう訳か酒を大量に持ち込んで、広間は軽く宴会状態になっている。  昏々と夜は更けていった。 「今日は楽しかったなぁ」  縁側で酔いを覚ましていると、カヨが広間から出てきて祥太郎の隣に腰かけた。  祥太郎は「浅草の一流料理人」と人々に持て囃され、次から次へと酒を注がれるままになっていたのだった。 「こんなに人に飲まされたのは久々だな……」 「あっ、兄ちゃんまた涼姉ちゃんのこと考えとる」 「なっ! 別に考えてないよ」  彼女の無茶ぶりに付き合わされるのはもう御免だ。祥太郎は慌てて首を振って、涼の存在を脳内から追い出した。 「それに料理人なんて大袈裟だ。見ての通り庶民的な家庭料理ぐらいしか作れないのに」 「兄ちゃんの言う『庶民的な家庭料理』、みんな食べたこともないもんばっかりやと思うよ。うちかて洋食なんてずっと食べたことあらへんかったもん」 「そうなのか?」  祥太郎の実家では逆に洋食しか出なかった。あれは特殊な例だったのか。 「祥太郎兄ちゃんと出会ってから初めてのことばっかり。お腹いっぱいご飯たべるのも、普通の人みたいに文字を読んだり書いたりするのも。花火見たり活動写真行ったり日本橋でお買い物したり、ほんまにほんまに楽しいことばっかりやった」  カヨが夜空を見上げたので祥太郎も同じ方向を見た。東の空がかすかに白み始めている。  もう夜明けか、と思う。  祥太郎も、カヨのもとを訪れた時ばかりはこの夜が明ける瞬間を恨めしく思ったりもした。 「──もう帰るん?」  ぽつり、カヨが呟いた。  それは祥太郎が帰路につく時のお決まりの台詞だった。 「どこに帰るんだよ」 「えへへ」  カヨは頭を搔いて笑う。  祥太郎は彼女を腕の中に閉じ込めた。 「なっ!?」  カヨは頭から湯気が出そうな程に顔を上気させる。 「に、兄ちゃん、さては酔うとるな?」 「酔ってない」 「う、嘘や! 酔うとる人はみんなそう言うんや!」 「だから酔ってない……」  カヨの体温に触れていると、次第に心地よいまどろみが身体を包み込んだ。肩口に顔を埋めてうとうとしていると、彼の体重を支えきれなくなったカヨが後ろへよろけ、そのまま縁側に倒れ込む。 「うわぁっ! ……に、兄ちゃん? あかんよこないなところで……って寝とるの!?」  カヨは彼の身体の下から抜け出そうとするも、およそ不可能と判断して諦めた。 「か、堪忍やぁ……。うち心臓がもたへん。どないしよう……」  カヨはしばらく狼狽えていたが、やがて彼女にも心地よい睡魔が襲ってきた。  祥太郎の背中に手を回す。  やがてとろとろと眠りに落ちた。  白み出した空は闇を飲み込み、夜が明ける。あかつきの空に今日も一日の始まりを告げる鳥の声が響いた。  二人が目を覚ますのは、もう少し先のことである。
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