2

4/4
前へ
/49ページ
次へ
 祥太郎は彼女の襟を丁寧に元に戻した。  初めから彼にその気はなかった。カヨはあまりに幼すぎる。  だからいい時間になるまで適当に過ごすつもりでいたのだ。 「う……うそやろ……。兄ちゃん、三円も払っといて何もせえへんの? 三円やで。ひと月ぐらいお腹いっぱいお米食べれるで。もしかして兄ちゃん、結構お金持ちなん?」 「人を貧乏に見えたかのように……」  しかし間違ってはいない。実家はかなり裕福な方であったが、飛び出してきたときには無一文で、今は細々と下宿の身である。 「いいんだ。金だけ受け取ってくれ」 「そういうわけにはいかへんよ。うち何もしてへん」 「いいから」 「……優しいんやな」  ズキ、と心臓が鈍く痛んだ。これはきっと罪悪感というものだ。  今祥太郎は、彼女を通して過去の己を見ている。  なけなしの金を施すふりをして救いたいのは彼女、ではなく自分自身。  偽善とはこういうことを言うのだろう。 「兄ちゃん」  カヨがまた先ほどの二円を差し出している。 「これは返す」 「だからいらないと……」 「これで、あと二回、来てくれへん?」  祥太郎はハッとしてカヨの顔を見つめた。  観音堂の裏手で出会ったときのように、縋るような目をしている。 「……って言うても、うちが何もできへんなら、兄ちゃんには何の得もあらへんな」 「……カヨさん」 「兄ちゃんにまた会いたいって、思うて」 「……それなら」  ――片仮名を練習しておいてくれ、次来るまでに。  俺の名前を、とはさすがに言えず、けれどもカヨは花がほころぶように微笑んだ。  そんなあやふやな口約束を、彼女は心から信じてくれているのだった。  帰り際、カヨは祥太郎を観音堂のあたりまで見送ってくれた。  何度か振り返れば、そのたびに彼女はこちらへ向かって大きく手を振る。  まだ空は暗い。けれどもうじき夜は明ける。  そんな予感がして、祥太郎は再び仲見世を雷門の方へと足早に抜けていった。
/49ページ

最初のコメントを投稿しよう!

77人が本棚に入れています
本棚に追加