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僕は知りたい
翌日の放課後に、僕はもう一度公園を訪れてみた。なんとなく猫にもう一度会えたらいいなっていう期待もありながら、いつもの日課として公園にたどり着いてベンチに腰かける。肩にかけていたカバンをベンチにおろして辺りを見てみても、猫は見当たらなかった。
そう思ってカバンから自由帳を取り出す。表紙に書かれた幼いひらがなの名前は消えかかっている。表紙をゆっくりとめくって、一枚、また一枚とめくっていく。ぐちゃぐちゃの線が段々としっかりしていき、少しずつ色も増えて、絵としてまとまりができていく。小さい頃はこうやってよく絵を描いていた。なんだか懐かしいななんて思いながらも、今の自分にはもう無理だと思った。最後にまともに絵を描いたのはいつだったろう。最初は絵をかけば描くほどうまくなっていって、楽しくてしょうがなかった。そんな時期が僕にもあったのだと思い返す。
ふと空を見上げると、黒い雲が空を覆っていた。雨が降りそうで降りださない絶妙な色合いで、僕の頭上は埋め尽くされている。そして静かに最後のページを閉じて、楽しかった思い出も閉じた。
その時だった。ベンチの前の茂みから猫が一匹やってきて、小さな声で鳴いた。黒い艶やかな毛並みの猫。それは昨日会った猫だった。
「また会えたね」
猫に向かってそうつぶやくと、猫は毛づくろいを始めた。のんきな猫だなあなんて僕ものんきに思いながら自由帳をしまって、カバンから白い紙と鉛筆を取り出す。両手で作った小さな四角に子猫を収める。
「よし」
小さく意気込んで猫の輪郭を白紙の上になぞる。猫が毛づくろいしている間にこの絵を描き終えてしまおう。鉛筆を動かす手は少しずつ早くなっていく。白い紙と鉛筆の間に小さな摩擦が働いて、誰にも聞こえないような音色を響かせる。誰にも聞こえない。でも僕には聞こえる。静かだけども確かな音色が。僕にとって絵を描くことは、楽器を弾くようなものだった。確かな旋律は心地よい響きで辺りの木々を濡らす。白い紙にポツリ、ポツリと黒い雨が降る。僕の目の前には毛づくろいをする猫がいる。その猫は白い紙の上で、あくびをしている。僕は久しぶりに楽しかった。確かに楽しさを感じていた。絵がうまくなっていくうちに感じなくなっていった楽しいという気持ちを。それとは逆に感じるようになっていったうまくなりたい気持ちを。僕は確かに感じていた。そしてふと、鉛筆を置いた。置いて空を見上げた。見上げた空はまた、晴れ始めた。
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