「ざまぁ」された悪役令嬢

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*****  わたしはかなり嫌な奴だ。気に食わなければ家の者に当たる。わたしは職業軍人なので――そんなことを気にすることもなく上司に噛みついたりもする。性分なのだ。誰かに物言わないと気が済まない。最低だとは思わない。わたしのことが嫌なら家の勤め人は辞めたらいい。わたしを上司に持つことが嫌なら人事異動を要求すればいい。わたしを部下に据えるのが嫌ならほっぽり出せばいい。わたしにかまってくる女どももわたしとの付き合いを考え直したらいい。まともなニンゲンを気取って接してくるな。わたしはおまえたちのことがことのほか嫌いだ、大嫌いだ、心にもない振る舞いをするなよ、まったく。繰り返す。しつこいようだけれどわたしはニンゲンが嫌いだ。 *****  パーティーの場である。王子にはなんの用事もないが――なんて言うのだろう、付き合っていても損はないと打算的に考えている。自身のその考え方にむかっ腹が立つ。切り捨てればいい。気に入らないことは切り捨ててしまえばいい。人生って、男と女の関係性って、所詮そういうものだろう? ほんの少しの情けがあると自覚するだけで自らの顔に唾を吐きつけたくなる。わたしは鏡が大嫌いだ。  王子はバツイチだ。なかなかに笑える。自らが惚れた相手に三下り半を突きつけられてしまったのだから。  王子が壇上で「アシュリー! 私はきみを妻に迎え入れたい!!」などと強く言った。反吐が出る。あいにく、お断りだ。貴様みたいな貧弱で軟弱そうな男と子作りに励もうとは絶対に思わない。もう少し自らを省みろ、そして二度とその臭い口を開くな、くそったれの大馬鹿者が。 *****  わたしはどこで他人が嫌いになってしまったのかと考える。そこには親友の男性を戦で失ったしまったという事実が首をもたげているのだろう。ああ、そうだ。あまりにつらかった。幼馴染みだったのだ。初めてキスをした相手でもあった。彼が戦死したとき、わたしは敵国と同じくらい、自国を憎んだ。弱い国だからこうなったのだと罵ったのだ。そんな真似をしても親友が――彼が、ちょっと二枚目の彼が戻ってくるわけもなかったのに……。  じつのところ、ヒトを恨むことは簡単だとは知っている。そのせいであちこちを棘でちくちくいじめてしまう自身の性質も痛いほど知っている。それでもなあ、アシモフ、わたしはあなたのことを忘れることができないし、というか、あなたの最後がわたしを庇って矢で死んだとか――。  嫌いだよ、アシモフ。  わたしはいまの世界がとことん嫌いだ。  嫌いなものは嫌いだと言う。  べつに嫌いではないものにも難癖をつける。  ああ、アシモフ。  わたしはほんとうに嫌な奴だよ。  けれどそれってきっと、生まれついての性格なんだ。  そんなタチを矯正したいとは思わない。  たださ、アシモフ。  幽霊でも亡霊でもいいからさ、わたしの前に顔を出してくれないかな?  ……恋しいんだ。 *****  わたしは軍を抜けた。この先、あまり面白いことに巡り会えるとは思えなかったからだ。  毎日、家で昼まで寝て遅くに起きる。父も母も、あるいは家の手伝いの者まで呆れているかもしれない。それでもいい。わたしはそれでいい。わたしには男兄弟がいないので、両親が亡くなれば自然と家を継ぐかたちになる。わたしはそれでいい。ほんとうにそれだけでいい。  ――暇を持て余していた折のことだ。  給仕はノックをして、部屋に入ってきたのだった。 「どうしたの? ノックをしてから許しも得ず入ってきたわね、許せないわ。死ねばいいのに」 「えっ、死ねば? えっ?」 「まあいいわ、速やかに用件を言いなさい。じゃないとぶつわよ」  まだまだあどけなさの残る少女のような給仕は「申し訳ございません、申し訳ございませんっ」としきりに謝った。もう一度謝って顔を上げたときには目に涙を溜めていた。「急ぎでしたので……」と言い訳をしたりもした。 「いったいどうしたの? なんの用事?」 「立派な男性がいらしたんです。馬に乗って、ほんとうに立派な方です」 「馬に乗っていたら立派なの?」 「い、いえ、そういうつもりで申し上げたのでは……。ただ――」 「ただ?」 「王族に仕える方です。間違いありません」 「綺麗な身なりだったということね?」 「はい」  わたしは給仕に「出ていきなさい。会います。着替えます」と伝えた。すると給仕はぱぁっと明るい顔をして、「良かったです。きっと先方もお喜びになります」などと知ったふうな口を利いた。だからわたしはイラっとしたのだけれど、叱ろうとまでは思わなかった。にしても、わたしの思考はどこまで意地悪なんだろうか。悪役令嬢ここに極まれり、だなと思った。  たぶん、王子が追い打ちをかけてきたのだろう。  それくらいの見当はつく。  我が国の王族はあまり頭が良くないと有名だ。 *****  王子と会食をし、別れ、それから私室に戻った。王子は喜んでいたように思う。にしたってバツイチになってしまったのは、えらく変態的で好色だったからではないだろうか――とそんな思いを強くした。わたしは王子の嫁にはなれないな。そんなふうに判断しながら、テーブルを前にして紅茶を嗜む次第である。  ――部屋の戸がノックされた。「入りなさい」と伝えると、先達ての弱気極まりない若い給仕が入ってきた。その女は紅茶が入っていないのを見定めると、カップに次をついでくれた。気は利くのだろうけれど、なんとも手元がおぼつかない。手が震えているのは緊張のせいだろう。そこまでわたしは怖いかな? 怖いのだろう。 「い、いかがでしたか? 王子様はいかがでしたか?」 「妙なことを訊くのね。興味があるの?」 「そ、そういうわけでもないんですけれど……」 「言いたいことがあるならはっきり言いなさい。イライラしてしまうから」 「は、はいっ、でしたら申し上げます!!」  給仕の女はティーポットをテーブルに置くと、いきなりだ、「ごめんなさい、ごめんなさい!」と頭を下げたのだった。さすがに意味がわからない。「何事?」と問いかけると、「王子は私の兄なんです」と、とんでもないことを申し訳なさそうに答えた。 「は? 兄?」 「ごめんなさい、ごめんなさい。いままで黙っていてごめんなさい」  わたしはびっくり、目を見開いたのち、眉間に皺を寄せたのである。 「えっと、あなたは王族なの?」 「そうです。末子なので、存在自体、あまり知られていません」 「馬鹿言いなさいよ。王族のニンゲンが知られていないわけないでしょう?」 「じつのところ、それはそうなんですけれど……」 「まあ、だったらどうしてわたしは知らないのかって話ね」 「い、いえ、そんなことはどうでもよくて……」  目にじわりと涙を浮かべたこの給仕、王族の末子――ああ、めんどくさい、めんどくさい。 「王族とかそんなものはわたしにとってどうだっていい問題なの。名前を聞かせなさい。ファーストネームよ」  すると彼女は「フランシスと申します……」とおずおずと答えた。 「わかったわ、フランシス。我が家に仕えてくれてありがとう」  フランシスは真っ赤な顔をして、両手を前でぶんぶん振った。 「そそ、そんな、滅相もありません。私はありがたいことに、ただ働かせてもらっているだけですので」 「じゃあ訊くわ。どうして王族なのに、下っ端貴族の家でメイドなんてしようと思ったの?」 「社会勉強のためです」フランシスはどことなく照れ臭そうだ。「あっ、でも、誤解なさらないでください。私はなかば、もはや王族を後にした身ですので」  わたしは目線を上にやり、肩を落として呆れてしまう。 「実際のところ、王族を抜けてまで、あなたはなにがしたいの?」 「それはその……」 「もじもじしないで答えなさい」 「恋が、その……」 「恋?」 「フツウの恋がしたいんです!!」  あまりに威勢のいい言葉に押され、わたしは椅子ごと後ろにひっくり返ってしまいそうになった。 *****  トントントンと階段を上る音がして、ぱたぱたぱたと床を歩いて来る音がする。きっとフランシスだ。わたしはすっかり悪役令嬢を自認しているくせに、彼女にだけは寛容的だ――と自負している。どうしてだろう、不思議だ、そのへん。硬く凝り固まったわたしの脳細胞では計り知れない。  部屋の前で足音が止まったところで、「フランシス、どうかしたの?」と声を発した。扉の向こうで「ひゃあっ!」と声がした。 「よよよっ、よろしいですか?」 「著しく噛まなくていいから。さっさと入りなさい」  肩をすぼめ、おずおずといった感じで入室したフランシスである。きちんと戸を閉めると「ごめんなさい、ごめんなさい」と頭を下げるあたりが愛らしい。側仕えとしては及第点を与えてもいいくらいだ――なんてね。 「それで、なんの用かしら?」 「あの、その、あり得ないことが」 「あり得ないこと?」 「えっと、えっと、我が国の王子と隣国の王子がじきじきにお訪ねに」  わたしは眉をしかめた。 「どういうことなの?」 「で、ですから、両国の王子が同時に――きゃあぁっ」  フランシスは恥ずかしそうに顔を両手で覆ってみせた。 「きゃあぁっ、じゃないわよ。あなたが言ったとおりなの?」 「はい。アシュリーお嬢様をお嫁さんにしたいそうです」  お嫁さん。  死語だと思っていた。 「いいわ、わかった。待たせておきなさい。お茶を差し上げておきなさい。ゆっくり着替えてから接客することにします。 「えっ、えっ、ゆっくりなんですか?」 「なに心細そうな顔をしているの。勝手に来たんだから、そんなの当然でしょう?」 「わ、わかりました。ですけど、できるだけ早くおいでいただけると……きゃあぁっ」 「あなたは頬を染めるのが得意なようね、フランシス」 *****  驚いた。ほんとうに両国の第一王子が馬鹿みたいにきちっと並んで椅子に腰掛けているではないか。  わたしはどちらの婚姻も受けるつもりはないと答えた。そもそもたとえば隣国の王子よ、貴様はどこでわたしのことを知ったんだ? それにそれなりに我が国とはのっぴきならない状況にあるというのにどのツラ下げて求婚に来た? ――そんなふうに思っているから、まずは両国間における戦争を「どうにかしろ」と言ってやった。そしたら二人はハモって「わかった。善処しよう」と答えたのだった。 「善処しろとは言っていない。ただちに戦争をやめろと言っているんだ」 「それは……ハードルが高い」と難しい顔をした我が国の王子。 「そうなんだ、フランシス、わかってくれ」と言ったのは隣国の王子。  というか、隣国の王子よ、いきなり名前を呼び捨てにしてくれるな。 「帰れ、お二方。わたしには男とイチャイチャする趣味はないんだ」  わかった。今日のところは退こう。  そんなふうに言ったのは我が国の王子。  私はあまり貴国に来ることはできないんだが……。  なにせ隣国の王子なのだから、それはそうだろう。  また来る……。  二人は肩を落として部屋を出て行ったのだった。 *****  一年が経ち、戦争が下火になった。休戦の条約もきちんと結ばれた。その間も二人の王子はわたしに「結婚を!」と迫ってきた。両方ともメチャクチャしつこかったので、わたしは「どっちでもいいのかもしれないな」と呆れた。「だったら決闘だ!」などと二人は言い出した。それはやめろと言った。どちらが勝ってもどちらが負けても気分が悪い。  そんな折のことだった。  ある日、ほんとうに同日に、かいつまんで言うと、二人が「結婚はもういい」などと告げてきたのだ。ぎょっとまではしなかった。ただ妙だなとは思った。二人は同時に、まるで調子を合わせるようにして、いままでの愛の言葉をナシにしたいと申し出てきたのだから。  ああ、そうか。  そんな偶然もあるのか。  わたしはそう思いながら、私室で紅茶に口をつける。  今日もフランシスが部屋に入ってきた。 「お嬢様、紅茶のおかわりをおつぎいたしましょうか?」  フランシスは今日も心地の良い澄んだ声で訊ねてきたが、寝起きには一杯あればじゅうぶんだ。 「あ、あの、お嬢様」 「お嬢様はよしなさい。いい年なんだから。アシュリーでいいわよ」 「では、アシュリー様、私はほんとうに納得がいきません。アシュリー様はこれほどまでにお美しいというのに……」 「なにかが気に入らなかったんでしょう。お二人さんはなにか言ってなかったの?」 「その、えっと……」 「言いなさいな」 「お二人とも、『最初から高飛車なところが気に食わなかったんだよ』とのことでした」 「ざまぁみろとも言ってなかったかしら?」 「えっと、それに近い旨は……」  ずいぶんな言い様ね。  わたしは少し笑った。 「あの方たちは酷いですっ」フランシスはぷんすかの表情。「身勝手すぎます。あれだけ熱く求婚していらしたのに、新しい女性が見つかったら、すぐさまそちらに熱を上げるだなんてっ」 「男と女の関係なんてそんなものよ」  わたしはカップをテーブルに置いて、立ち上がり、窓の外を眺めた。  一羽のカラスが高いところから、たぶんくるみだ――を落としている。 「また、あのコ、馬鹿なんだから」 「えっ、なんの話ですか、お嬢様」 「お嬢様じゃないわ、アシュリーよ」 「し、失礼いたしました」 「ねぇ、フランシス、木槌を持ってきてくれる? 小さいのでいいから」  フランシスは目をぱちくりさせ、まもなくして「あっ、くるみを割ってあげるんですね?」と言い、花が咲いたようににこりと微笑んだ。 「カラスに馬鹿はいないと思っていたのだけれど、どれだけ頑張って落としても、それが土の上じゃあね」 「アシュリー様が出向かれることなどありません。不肖フランシス、カラスさんの手助けをしてくるのですっ」 「邪魔をするなってつつかれるわよ?」 「がんばります!」  そのうち、小さな木槌を持ったフランシスが庭に出てきた。案の定、カラスに襲われる。くるみを横取りされると考えているのだろう。カラスにまとわりつかれ、フランシスは「ひゃあ、ひゃあぁっ」と悲鳴を上げている。阿呆な奴だなぁと思う。――フランシス以上に阿呆なのはわたしだ。わたしがなにか能動的に動いたわけではないのだけれど、結果的に、二人の王子に「ざまぁ」されてしまった。べつにいい。それでもいいのだけれど、なんだか腹立たしい。ああ、ほんとうに、なんだかなんだかむかつくなぁ――。
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