雪街の貝細工

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abdced33-d7a3-417d-84b9-61df67dd7912 「これをエルバドで売ってみろ」船長はクルトに、花のような形の貝飾りがついた黒い木枠のランプを渡した。虹色に輝く貝は、木枠の4隅に小さく埋め込まれて、それが上品さを出していた。  クルトは、この商船に預けられた商人の子。少し前から、この船長のところで手伝いも兼ねて、見習いをしている。  こんな高級そうなもの、売れるのかな。エルバドなんて、北の端にある小さな町なのに。 「それにまだ12になったばかりだし……」文句をつぶやきながら、クルトはアロートのいる船室へ向かった。アロートはクルトが持ってきたランプを見ると、楽しそうに軽く笑った。 「クルトはそれを売るんだな。でもまだいいじゃないか」  アロートはクルトより少し年上の、同じ船で見習いをしている少年だ。同じ部屋で、けっこう仲もいい。 「そんなことないよ。これだってけっこう高いんだから」 「でもおれなんて、最高級のペテルテだってさ。こんなもの、ぜったい売れるわけないじゃん」困ったようにアロートは言ったが、クルトは顔を輝かせた。  ペテルテは、王国を発展させるボードゲームだ。クルトはそれがとても好きで、それなりに強かった。 「1回使ってから売ろうよ」クルトが木箱を開けると、とてもよい香りが流れ出した。黒駒からは甘いにおいが、白駒からはさわやかな香りがする。白と黒の駒には、香りをつけたのではなく、それぞれ違う香木が使われているらしい。それに、貝や宝石もはまっている。 「これを、80万ルクティア以上で売れってさ。普通の人の収入、2年分くらいだぜ。いくら次の港がある、ロメリア帝国が栄えててもさ…。あんな端の町だし、買う人なんて見つかるはずもないし。  そうだ、クルトはあの町に知り合いが多いんだから、手伝ってくれないか?」  クルトは船長が怒りそうなので断り、ペテルテをしようと誘った。 「売り物でこんなこと、ほんとはしちゃいけないんだけどな」アロートはそんなことをつぶやきながらも、豪華なペテルテを箱からそっと取り出した。  次の日の昼過ぎ、商船は氷の少し浮くエルバドの港に着いた。船内は温かいのであまり気にならなかったが、このあたりはいつも相当寒い。ふだんより多めに服を着て、2人は頼まれた荷物を配達した。これは本当のところクルトの仕事なのだが、アロートもペテルテを売るついで、といってついてきた。  途中でアロートと別れて、クルトは小麦と砂糖を知り合いのおばあさんに届けた。そしてそのついでに、ランプを買ってくれそうな人を聞いてみた。 「それなら私が買ってもいいのだけれど…。売る練習なら、城門のあたりはどう?」  それからクルトは、高級なペテルテを買ってくれそうな家も聞いて、配達をつづけた。  夕方、クルトが配達を終えて、注文表を持って船に戻った。するとめずらしく、アロートが心配そうに話しかけてきた。寒いのに、甲板に出て待っていたらしい。 「ペテルテは、売れそうだった?」 「お城のそばの、石の家がいいって。明日、1人で行ってみたら?」 「売れなかったら、クルトも手伝ってよ。今日はクルトの分の仕事もやったんだし」 「あれはかってにやっただけでしょ。でも、出発の日になったら考えるけど」  次の日、クルトは夜のうちに積もった雪を踏みながら、船に残っていた配達物をとどけていった。それが終わるころには、もう昼頃になっていた。  船から持ってきた昼ご飯を食べてから、クルトは雪の解けかけたにぎやかな通りから城門へ向かった。跳ねてくる泥水がかからないように、クルトは黒い木のランプを抱えた。 「そのランプは何かね? とても古いものじゃろう?」とつぜん、こげ茶色の服を着た背の高い老人に声をかけられた。その服は地味だったが、品の良さから高級であることがうかがえた。 「100年くらい前の、ラルジア王国でつくられていたものだそうです。この貝はおそらくこの国でとれたものだと思います。10万ルクティアですよ」船長には8万ルクティア以上でしか売るな、といわれていたのでクルトはそう言った。 「普通なら高すぎるくらいなんだが、これは特別だな。少しおまけしてあげよう」老人はそう言うと、一万ルクティアの銀貨を11枚、クルトの手の中に落とした。そしてクルトがお礼を言う前に、雪景色の中に紛れていった。  その夜クルトが部屋へ戻ると、アロートがはしゃいでいた。クルトはそんなにすぐ売れるとは思っていなかったので、どんな人が買ったのか聞いてみた。 「普通のおじいさんだけど。悪い人がいるの?」 「それは知らないけど、こげ茶の服で優しそうな顔なら、ランプを買ったのと同じ人かも」アロートは、その人だったと言い切って、どんな人か探ることに決めた。クルトはそんなことは別にしたくなかったが、おじいさんがどんな人かは気になった。  そのせいで、クルトはアロートに連れられて息が白くなる道へ出た。アロートはその人の家がどこかわかるといって、城のほうへ向かった。アロートが、その人の家だという石炭の屋敷を指さした。クルトはそれを見て、立派な木戸をノックしてしまった。 「え? 会ってどうするんだよ。こっそりどんな人か突き止めようと思ってたのに」驚いたようにアロートは言ったが、すでに手遅れだった。 「会いたくないなら、そこから見てて」クルトがそう言うと、アロートはあわてて塀の隙間に隠れた。 「おや、君かね。どうしてここがわかったのかは知らんが、また良い品があるのじゃな?」  しかたなく、クルトは老人に話を合わせて、商売で来たようにふるまった。とりあえずうなずくと、老人は不思議そうな表情をした。 「そのわりに、何も持っていないようだが?」 「船にあるんです。たくさんあるので、おじいさんに選んでもらおうと…」 「わしは、ふしぎな貝のついたものを集めておってな。その貝を持つ人は、幸せになれるんじゃと」嬉しそうに言う老人の話を、クルトはなかなか信じられなかった。あの貝の、乳白色に浮かぶ虹はきれいだけれども、力を持っているなんて。それでもクルトは、港に泊めてある船へ案内した。 「あの貝に力があることは、わしとの秘密じゃぞ。一つ持っておれば、いつか力がわかるだろうが……」  船長にいうのが面倒だったので、船に着いてすぐ倉庫へ案内した。棚の中にきれいに並べられ、船が揺れても落ちないように固定されたものの中から、老人は古そうな木工品を選んだ。船長を呼び、10万ルクティアの金貨を払うと、老人はクルトにささやいた。 「君に貝を1つやろう。それにしても、自分で選ばないとな。今、時間はあるかね?」  船長がにらんでいるような気もしたが、クルトは気にせずに返事をした。 「今ならだいじょうぶです」そして老人に続き、桟橋へと続く仮設の階段を下り始めた。 「そうかね、ならよかった」クルトの前を歩く老人がふっと見えなくなった。そして、流氷の浮かぶ海に水柱がたった。 「だいじょうぶですか?」桟橋の上から、クルトは驚いて言ったが、老人は大きめの流氷の上でにこやかに立っていた。 「まあ、君が思うほどではないね。必要なときには、貝が助けてくれるじゃろう?」老人は水柱を建てたわりには、足元しかぬれていないようだ。老人とは思えないほどに素早く、桟橋に付いたはしごを上ってきた。それから、何もなかったように、家のほうへ歩き出した。  途中ですれ違ったアロートは、何度も振り向いてクルトと老人を見ていた。老人の家の棚には、たくさんの品物がきっちりと並べられていた。その中から1つ、クルトにくれるのだという。ほんとうにどれでもいいというので、クルトは迷ってしまった。クルトは結局、貝殻を彫ったボタンにした。決して遠慮をしたわけではなく、小さいそれがとても輝いて見えたのだ。クルトは、貝特有の輝きがとてもいい雰囲気だと思った。  船に戻ったクルトは、船長室で怒られることになった。勝手に船に人を呼んだこと、それも倉庫まで案内したのがいけなかった。さらに細い桟橋で老人が落ちたのも見ていたらしい。客を呼ぶときは必ず先に船長に報告するように、ときつく言われて、クルトは部屋へ帰された。  部屋に戻ったクルトは、狭いベットに寝ころんだ。 「やっぱり、扉を開けないほうがよかっただろ?」アロートはそう言ったが、クルトはそう思わなかった。 「でも、この船で骨董を買ってくれたよ?」クルトはお気に入りの上着に、貝のボタンをつけた。1つしかないので、いちばん上のボタンだけ取り替えることにした。  借りてきた糸できっちり縫い付けると、美しい模様がぼんやり温かくなったような気がした。
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