83人が本棚に入れています
本棚に追加
潤さんは私の気持ちを尊重すると言ってくれた。
でも、いつか、お互いにお互いのことを思い出して、また一緒にいたいって思う時があれば、その時は付き合えたら嬉しいとも言い、最後まで紳士の対応だった。
私は潤さんと別れて、寄り道もせずにその足で家に帰った。母に報告しようと思っていたのだ。
大切なことに気付かせてくれた母に。
そう思いながら、玄関のドアを開けたら、すぐに目に男物のスニーカー飛び込んできた。
「お母さん!」
廊下を小走りで進み、荒々しくリビングに侵入する。
が、翔太の姿はそこにはなかった。
「翔太は?」
「雫の部屋。」
「な、何しにきたの?」
私にはもちろん、一切連絡はない。
「私が呼んだの。お互いに話したいことがあるんじゃないかなって思って。」
「……私、着替えてくる。」
「ごゆっくり。」
着替えてくるのにごゆっくりだなんて。
母は全てを悟っている。私がしばらくここに戻ってこないことも。
翔太は私の部屋で、我が物顔でラグの上に置かれたセンターテーブルで、数学の問題を解いていた。
「おかえり。」
久しぶりのくせにいつもと変わらない態度。
「ねぇ、この問題教えて。」
翔太がワークの一番下の問題にシャーペンで丸を付ける。
「えっ?急に言われても……ちょっと待って。」
とりあえず鞄を下ろして、翔太の隣に座る。昔もこうやって翔太の宿題を見たりしていたっけ。
「これはね……」
ノートの空いているところに、関係図を書く。関係図さえ分かれば、解けるであろう問題だ。
「……ライブに行く。」
唐突にそう伝えた。手を動かしながら。
「デートじゃないの?」
「違う。だって別れた。」
「えっ?」
「だから、別れたって。」
「何で?」
何でって……
「翔太と離れることが出来ないから。翔太のことを考えながら、他の人と付き合うことは私にはできない。」
関係図を書き終えて、シャーペンを机に置いてから、翔太の方を向いた。この間みたいに、膝を抱えたりせずに、背筋を伸ばして。
「でも、あのピアスは今はつけられない。でも、返すこともしない。」
「何だよ、それ。」
「翔太のことが特別なのに違いない。こんなにずっと一緒にいたんだもん。だから、今の翔太と向き合いたい。向き合って、その結果、私が翔太を好きになったらつけたい。」
翔太の気持ちに応えたい。
「分かった。」
翔太はもう俺の勝ちは見えたなって言う余裕の顔で、私の額にコツンと自分の額を当てた。
「つまり、いつ雫に触れてもいいってことね。」
「それは……」
違う!って言うより、先に抱きしめられる。もう、本当にいつの間にこんなに手が早くなったのだ!!
既に結果が見えているか見えていないかは分からないけど
「覚悟してください、お姉様。すぐに俺じゃなきゃダメって言わせてやるよ。」
耳元でそう言われて、私の下唇を翔太の親指の先がなぞる。
次に起こることは分かっていて、目を閉じたら始まりを告げるかのように、私の唇に翔太の唇が重なってキスをした。
最初のコメントを投稿しよう!