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それだけしても、ごたごたと言ってくる。
そして、私も
「山之内先生がその内容でプリントを用意するように、今朝言ったんですよ。」
黙ってられない性だ。正義感が強いとかではないが、間違っていないことを責められるのは我慢ならない。
その結果として、自分の居場所を自分で失わせていくのだ。
山之内先生の眉山がぴくりと動き、私の意見を踏み潰そうとしようとした時だった。
「山之内先生」
廊下の向こう側から彼女の名前を呼んで、歩み寄ってくる人がいる。
夏休み明けの9月。気温としてはまだまだ夏の季節。
淡い水色の半袖カッターシャツを身に纏い、臙脂色の小紋柄のネクタイを締めたその人は、歩いている姿だけで、女性教員はもちろん、女子生徒も魅了するぐらいの整った容姿とスタイルを持ち合わせている。
「午後の打ち合わせがもうすぐ始まりますよ。」
「あぁ、そうだったわね。ありがとう、呼びに来てくれて。あ、河辺さん、そのプリントだけど……」
山之内先生が口を開くタイミングで、その男は私の手からプリントをとった。
「いい課題ですね。そう言えば、僕のクラスの生徒がこの問題を苦手にしていましたよ。」
「でしょ!私が河辺さんにその内容にするようにお願いしたの。」
イケメンを前にして手のひらを返した。
「そう言うわけで、河辺さん、人数分、印刷しておいてね!さ、打ち合わせに行きましょう。」
山之内先生が歩き出した後ろ姿を確認してから、その男は私にプリントを返してきた。
何も言わない。大変だったねや言うことがよく変わる人だから気にしないでねなんてことは。
ただ
「髪。」
そう一言、言った。
「髪?」
何のこと?
「あまり強く結ばない方がいい。傷むかもしれないから。せっかく綺麗なのに。」
「……。」
ここで戦うために強く結んだ髪。
この男はそれを知っている。
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