どこにも行けない どこにも行かない

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❇︎❇︎❇︎❇︎ あの日から何かが大きく変わったわけではない私と彼の関係。 変わったことと言えば一つだけ。 「どうぞ。」 「あ、ありがとうございます。」 放課後についでにコーヒーを淹れてくれることが増えたこと。ブラックコーヒー。 「えー?なに、なに?河辺先生だけ特別扱いですかー?」 私の隣の席に座る国語教師、1年3組担任の須賀潔子(スガ キヨコ)が「ずるーい!」と言うニュアンスを含ませた声をあげる。 「たまたまです。須賀先生も何か飲まれますか。」 こう言う時、伊勢谷先生は相手に追及されないぐらいサクッと返す。 「じゃあミルクティー!」 「分かりました。中村先生も何か。」 「ありがとう。コーヒーを。」 中村先生と言うのは、須賀先生とは反対側の私と隣に座る英語教師だ。来年が定年の年配教師で、気難しいことで有名だが、伊勢谷先生は彼とも何なりと付き合っている。 私も娘と年齢が同じであること、キャピキャピしていない感じが良いと言われ、中村先生とはそれなりに仲良くさせてもらっている。 「ねぇねぇ、河辺先生。来週、飲み会するの。うちの学校の若手教師の会。先生も来て。伊勢谷先生にも来て欲しいんだけどなぁ……河辺先生、誘ってみてよ。」 伊勢谷先生に淹れてもらったミルクティーをご機嫌で飲みながら、須賀先生が耳打ちしてくる。 若手教師の会は20代から30代半ばぐらいまでの教師が集まって行う飲み会だ。頻繁に行われており、私も今までに3回程行ったことがある。でも、会の後半になるにつれて、年配教師の悪口大会になることも多くて、毎回参加するのはいいかなと思って、今は付き合い程度に参加している。 山之内先生なんかはその会からは年齢的に入らないので、彼女への不平不満は、それはもうこれでもかって言うぐらいに出てくる。 伊勢谷先生は未だかつてこの飲み会に来たことがない。誘われるが断っているのだ。 「ぜひ!誘ってね!」 私が誘って来るのか?と思うが、須賀先生とはそれなりに仲良くしているし、同じ学年担当なので、今後の仕事を円滑に回すためにも頷いた。
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